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「本郷職業紹介所」を通して考える、自分の仕事、働くことの意味

イベント・レポート

No.040
TOKAS本郷の建物を背に並ぶ、展覧会参加作家。左から、中澤大輔さん、齋藤春佳さん、ユアサエボシさん

同時代の多種多様な表現を創造・発信する場として、展覧会や公演など、様々な企画を実施するトーキョーアーツアンドスペース本郷(通称、TOKAS本郷)。2001年以降、アートスペースとして多くの作家の活動の場となっているこの建物ですが、実は94年前に建てられた当初は職業紹介所でした。2022年2月5日- 3月21日まで開催されている展覧会「ACT (Artists Contemporary TOKAS) Vol. 4 『接近、動き出すイメージ』」では、その歴史を背景にした、ユニークな作品を体験できます。建物の来歴に着目した中澤大輔さんの作品を取材し、「職業紹介」を追体験したレポートをお届けします。


アートスペースの前身が職業紹介所というのは、なんだか少し奇妙な感じがしますが、その成り立ちには、当時の社会状況が見て取れます。

1928(昭和3)年の竣工時、明治から徐々に増えたサラリーマンが一般化し、企業への人的供給は肥大していました。高等教育を受けサラリーマンになる「知識階級」と呼ばれる若者たちが増えていたのです。しかし、1923年に起きた関東大震災や世界恐慌の影響で経済的な危機に陥っていた日本の社会は、そんな若者たちに応えることができず、それどころか、働き手を解雇せざるを得ないような状況でした。

そこで、当時の東京市が設けたのがこの建物です。1、2階に「婦人少年職業紹介所」、3階に知識階級を対象とした「本郷職業紹介所」を設け、仕事の斡旋を行なったのです。1929年に開所、その後1991年まで、職業安定所や職業訓練校など、マイナーチェンジを重ねながらも、「仕事」に関連した建物として使われ続けました。

竣工当時の建物。(東京大学社会科学研究所図書室所蔵)
TOKAS本郷のウェブサイトには、建物の歴史をたどることのできる資料があり、VR上で当時の図面等を見ることもできる。https://www.tokyoartsandspace.jp/location/hongo.html

現在TOKAS本郷にて開催中の3人の作家(中澤大輔、ユアサエボシ、齋藤春佳)による展覧会「ACT (Artists Contemporary TOKAS) Vol. 4 『接近、動き出すイメージ』」では、過去の出来事を起点に想像力というエッセンスを加えることで、物事をより豊かに感じさせる、三者三様の試みを見ることができます。

1階展示室で絵画作品を展示するユアサエボシさんは、大正生まれの架空の画家「ユアサヱボシ」(1924–1987)に扮して創作活動を行う作家です。自身の経験と史実とを作品上で混ぜ合わせ、架空の人物像を歴史上に定着させる、そのユニークな創作スタンスは、フランツ・カフカや澁澤龍彦らへの憧れから、彼らと同時代に生きる自分を想像することによって生まれたといいます。ちなみに、TOKASの建物が竣工したのは、架空の画家ユアサヱボシが生まれた4年後。まさに建物と同時代を生きた作家と言えるでしょう。

3階展示室でインスタレーションを展示する齋藤春佳さんは、自身の身の回りの些細な出来事や気づきを繋ぎ合わせて、空間に展開する作家です。本展では、TOKAS本郷の創建や空襲での被災、再建など、建物の変化にまつわるエピソードに着目。さらに、現在の展示室や作家自身に起きた出来事を独自の解釈でリンクさせ、それらの関係性を、映像や歴史資料、交わされた言葉の断片などを素材に表現しています。

そして、2階展示室で作品を展開するのは、物語活動家やデザイナーとしても活動する作家、中澤大輔さんです。中澤さんには、「この建物をテーマに作品を制作してほしい」という依頼があり、作品のアイデアを練る中で、創建時にとどまらず、旧石器時代にまで思いを馳せたというから驚きです。「“そもそも”を探りたくなるのは僕の性分なのですが、建てられた当初の目的である“人が働くこと”への試行錯誤は、はるか昔、石で狩猟の道具を、毛皮で防寒具をつくっていた頃からはじまっていると思います。防寒ができれば、より北に上って動きの遅いマンモスを仕留められるから、防寒具や道具をつくる。思考がとてもシンプルだったのに対して、この建物ができた頃や現在の日本は、仕事を取り巻く状況がより複雑化しているのではないかと思います。お金を得る手段に留まらない、仕事の意味を捉え直すことができるような作品をここでつくれたらと思いました」と中澤さん。史実そのまま、《本郷職業紹介所》というタイトルの本作は、4つの部屋で構成された体験型の作品です。

展覧会初日のアーティスト・トークにて、TOKAS本郷の歴史と自身の作品について紹介する中澤さん

作品を「紹介所」、鑑賞者を「相談者」として作品体験を紹介してみましょう。紹介所へ事前予約を済ませた相談者は、指定の日時に紹介所に赴きます。待合室(1つ目の小部屋)で待っていると、紹介所のスタッフに声をかけられます。スタッフに促されて2つ目の鑑賞室に入ると、そこでは過去の相談者(実際には、過去に中澤さんがインタビューをした人)たちが、自分の仕事について話す様子を映像で見聞きすることができます。さらに進んだ3部屋目の面談室、4部屋目の撮影室では、スタッフと1対1で、自分の仕事について話をします。

1つ目の部屋である待合室でスタッフと落ち合い、自分の仕事を端的に表す言葉をスケッチブックに書く
続く鑑賞室で、映像を視聴する

「紹介所」という名前から、いろいろな質問をされて、適職を紹介されるのかな?と少し身構えていた筆者でしたが、面談室では質問責めにあうこともなく、スタッフはこちらの話に親身に耳を傾け、話の中からキーワードを拾って、次の対話へと繋げてくれます。照明を暗くした6畳程度の小さな部屋で、そこにスタッフと二人きりということも作用してか、リラックスした気持ちで、自分の仕事について話すことができました。これまで意識したことのなかった視点から仕事を捉え直す場面が多くあり、話を聞いてもらっているはずなのに、仕事と自分との関係を改めて「紹介」されているようにも感じられます。

3つ目の面談室にて、スタッフ(手前)に仕事について話す筆者(奥)。4つ目の撮影室ではこの設えに、撮影機材が加わる

面談室を経て、次の撮影室でも、同様の設えの中、同じように面談をおこなうのですが、撮影室という名前のとおり記録用のカメラやレコーダーが設置され、こちらを向いています。そして、そこで必ず聞かれる3つの質問があります。

「あなたは今、どんな仕事をしていますか?」

「その仕事は、人や社会にどんな価値を提供していますか?」

「その仕事をすることは、あなたの人生にとってどんな意味がありますか?」

面談室でも、似た内容を話したはずなのに、カメラの前で改めて聞かれると妙に難しく、質問によっては少し考え込んでしまいました。同様の設えでも、カメラがあることで他者への意識が強まって、何かを演じようとしている別の自分が現れたかのようでした。中澤さんは作品を作る際、演劇や物語性といった要素を常に意識していると言います。

撮影室での3つの質問

体験を経て再び鑑賞室に戻ると、過去の相談者たちも同じく、3つの質問に答えていることに気づきます。この部屋が、様々な人による「働き方の紹介所」であったことがわかりました。

コロナ禍を経てますます私たちの仕事や働き方は多様化し、その中で、ふと自分と仕事、あるいは取り巻く環境との関係を、捉え直したくなる機会は少なくないでしょう。「ここでは、本当に仕事を斡旋するわけではありません。リアルじゃない“展覧会”という場所で、アート作品だからこそできる体験がある。僕やスタッフも、どんな相談者がどんな話をするか、予想もつきません。一期一会をお互いに楽しめたら」と中澤さんは言います。

蘇った「本郷職業紹介所」で、一風変わった「職業紹介」を受けてみてはいかがでしょうか。

Text:坂本のどか
Photo:畠中彩

ACT (Artists Contemporary TOKAS) Vol. 4
「接近、動き出すイメージ」
会期:2022年2月5日(土) - 3月21日(月・祝)
会場:トーキョーアーツアンドスペース本郷
主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館 トーキョーアーツアンドスペース
https://www.tokyoartsandspace.jp/archive/exhibition/2022/20220205-7082.html

※紹介所の面談は、会期中の木・金・土/祝日 13:30-18:00 事前予約制

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