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清澄庭園〈後編〉

東京の静寂を探しに

No.009
開けた北側からの眺め 写真は櫛引典久『東京旧庭』(2020年、玄光社)より

岩崎家が三代にわたって築き上げた名石の庭、清澄庭園。その洋々とした大泉水や豊かな緑を眺めるのはもちろん、岩崎彌太郎が全国各地から集めた個性的な石も見ごたえがあります。後編では、清澄庭園の代名詞である石の魅力を、田中実穂さんの解説と櫛引典久さん撮り下ろしの写真から紐解きます。


写真:櫛引典久

お話:田中実穂(東京都江戸東京博物館学芸員)

協力:公益財団法人東京都公園協会


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2022.08.03

清澄庭園における石とは

庭園にとって、庭石は景観を引き締める重要なものです。庭の要所に置かれるものは「景石」、複数を組み合わせたものは「石組」、道として陸地や水辺に敷かれたものは「敷石」「磯渡り」などと呼ばれ、天然の色や形の美しさを愛でます。一方で、水鉢や石灯籠といった加工された石も、風流な趣を与えます。
清澄庭園では、園路に沿って50以上の景石が密に置かれています。関東大震災以降、庭園の面積が狭まったことも理由の一つだと思いますが、景色をつくるためというより、自慢の石コレクションを見てもらうための配置かもしれませんね。

それでは、センター長の滋野敦子さん、副センター長の井上直生(なおお)さんのお話も聞きながら、清澄庭園の中でも特徴的な石を中心に、見てまいりましょう。

彌太郎の愛した名石たち

伊豆磯石となつめ型水鉢

入口近くに現れたのは、珍しい形をした「伊豆磯石(いずいそいし)」です。波の侵食で表面に小さな凹凸があり、力強く立ち上がった姿は圧倒的な存在感を放ちます。
後ろに見えるなつめ型水鉢には、「摂津御影石(せっつみかげいし)」という石が使われています。関東大震災の際に焼け焦げた跡や剥落した部分があり、庭園の歴史を物語っています。丸みのある褐色の水鉢のそばに、明るい緑のシダがバランスよく生えていますね。

佐渡赤玉石

「佐渡赤玉石(さどあかだまいし)」はその名の通り、鮮やかな赤色が特徴です。すでに新潟県佐渡島では掘り尽くされた貴重な石で、清澄庭園のものは特に色味の良い名石とのこと。微生物の死骸が堆積してできたチャートという種類の岩石で、この赤色は鉄分の色です。

相州鍛冶屋石

神奈川県産の「相州鍛冶屋石(そうしゅうかじやいし)」は、庭石として使われるのは珍しい石です。小さな礫を巻き込みながら固まり、さざれ石のような岩肌をしていますが、苔むして柔らかい印象すら与えます。
「梅雨の時期にはもう少し苔の勢いが出てきます」と副センター長の井上さん。
石は不変の象徴ともされますが、こうした植物の成長による変化を楽しめるのも面白いですね。

真鶴石。話者と比較すると、その大きさがよくわかる

私のお気に入りは、「真鶴石(まなづるいし)」です。庭園の南側にある水門の目隠しのために置かれ、滑らかな表面にぽつぽつと斑点がみられます。
名前の由来は産地の神奈川県真鶴町から来ていますが、ライオンにも似ていますね。右側が頭で、中央の模様が立派な立髪、細長い部分はしっぽ。こうして自分なりの見立てを楽しむのもいいですね。

水掘れの水鉢

この水掘(みずぼ)れの水鉢には、京都産の「保津川石(ほづがわいし)」が使われています。水を受ける部分は、凹み部分に入った石が水流で転がることで掘られた穴(ポットホール)を利用しています。保津川石は硬い性質の石ですが、長い年月をかけて形成されていったのですね。
「わかりにくいところにあって見落とされがちなので、訪問の際には、ぜひ探してみてほしいです」とセンター長の滋野さん。

同じく、関西からは奈良県産の生駒石、岡山県産の備中御影石、四国からは香川県産の讃岐御影石、愛媛県産の伊予青石などが集められました。

北側の大磯渡り(左)と鶴島(右)
『東京旧庭』より

他には、磯渡りが3カ所、池に迫り出しているのも清澄庭園ならではと言えます。
また、江東区にゆかりのある松尾芭蕉の有名な俳句「古池や かはず飛び込む 水の音」が刻まれた大きな句碑もあり、芭蕉ゆかりの江東区に位置する清澄庭園では「親子俳句教室」などが開催されています。

庭園内の主要な石

「石組はルールやパターンがあったり、石の表情をみて、どの面を園路側に向けるかなどさまざまな考慮がされています。ただ、そういったことでなくても、石の肌合いをみたり、何かに見立てたりと、自由に楽しんでほしいですね」と副センター長の井上さん。庭園を好きになることは、石を好きになることかもしれません。
名石・奇岩が見所の清澄庭園は、雨の日の訪問もオススメです。石の色が濡れて濃くなり光を反射して、より一層、庭園の魅力を楽しむことができます。

岩崎家が東京市に寄付した庭園には、清澄庭園のほかに六義園(りくぎえん)もあります。私財を投じて造り上げた庭園を、広く公に還元する当時の実業家の心意気に感服するばかりです。

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構成:浅野靖菜

清澄庭園
住所:東京都江東区清澄3-3-9
開園時間9:00-17:00(入館は16:30まで)
休園日:年末年始
入園料:一般150円、65歳以上70円
https://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index033.html
※開園情報はサイトにてご確認ください

櫛引典久(くしびき・のりひさ)
写真家。青森県弘前市出身。大学卒業後、ファッションビジネスに携わり、イタリア・ミラノに渡る。現地で多分野のアーティストたちと交流を深め、写真を撮り始める。帰国後は写真家としてコマーシャル、エディトリアルを中心に活動。著名人のポートレート撮影を多数手がけ、ジョルジオ・アルマーニ氏やジャンニ・ヴェルサーチ氏のプライベートフォトも撮影。都立9庭園の公式フォトグラファーを務めたのを機に、ライフワークとして庭園の撮影を続ける。第6回イタリア国際写真ビエンナーレ招待出品。第19回ブルノ国際グラフィックデザイン・ビエンナーレ(チェコ)入選。

田中実穂(たなか・みほ)
東京都江戸東京博物館学芸員。特別展「花開く江戸の園芸」を担当。江戸時代の園芸をはじめ、植物と人間との関わりをテーマとした講座や資料解説を手掛ける。また、都内における庭園の成り立ちを周辺地域の特徴から考える講座「庭園×エリアガイド」を行う。
講座の詳細については、江戸東京博物館ホームページをご覧ください。

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