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丸紅ギャラリー

新しいアートスポット

No.009
丸紅ギャラリー。着物・浴衣の来場者は入館料が無料に

2021年11月、地下鉄竹橋駅前に「丸紅ギャラリー」がオープンしました。大手総合商社・丸紅株式会社の本社ビル3階にある空間です。1858年の創業以来、繊維に関わるビジネスを通じて染織品や染織図案を収集してきました。また1960年代、総合商社としては日本でいち早くアートビジネスに関わるなかで入手した西欧絵画や近代日本絵画も含めて、その数は1,300点にのぼります。それらを展示する文化施設を取材しました。


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2022.10.20

緑豊かな空間に展示される、着物や絵画

1858年、創業者の伊藤忠兵衛が近江国(いまの滋賀県)で麻布の卸売業を創業したことを起源とする丸紅株式会社。その長い企業の歴史のなかで収集した染織品、染織図案、絵画などの「丸紅コレクション」を展示する施設として、丸紅ギャラリーは開館しました。コレクションを軸に、年3回ほど企画展を開催しています。2022年春にはギャラリーのある3階に、大きなガラス窓から皇居の緑を望めるカフェも新設され、多くの来館者でにぎわっています。

「丸紅ギャラリー開館記念展II 『美』の追求と継承――丸紅コレクションのきもの」の展示

そもそも、なぜ丸紅はアートコレクションを所有したのでしょうか。それは江戸から現代へと続いてきた企業のあゆみが関係しています。企業が美術品や工芸品を収集する際、経営者の趣向や好みが影響することも多いのですが、丸紅コレクションは企業の成長過程で形成されたことが大きな特徴です。たとえば染織品や染織図案は、前身の丸紅商店時代に新しいデザインの着物を創作する目的で収集したもの。収集した日本の絵画は、染色図案の研究のために主宰した「草の葉会」や「あかね会」といった団体に所属していた画家の作品です。「草の葉会」や「あかね会」には、堂本印象、伊東深水、藤島武二といった著名な日本画家や洋画家が所属していました。そして西欧の絵画は1960年代に美術品の輸入販売ビジネスをスタートする過程で収集したものです。

丸紅ギャラリーのある、地上22階の丸紅本社ビル

コレクションがスタートしたきっかけ

コレクションの根底に流れるのは、企業の理念です。館長の杉浦勉(すぎうら・つとむ)さんは、ギャラリーの入口に展示された「正・新・和」という文字が、コレクションの基盤となっていると話します。
「『正・新・和』という言葉は、戦後、丸紅株式会社の初代社長を努めた市川忍(いちかわ・しのぶ)が掲げた社是です。今も丸紅グループの精神として息づいていますが、このうち『新』という言葉は新しいものに常に挑戦していくという姿勢。例えば、新しい着物の柄に挑戦するために『草の葉会』や『あかね会』を主宰しアーティストに提案してもらったこと。また、どの商社もやったことのなかったアートビジネスにいち早く挑戦したこと。そうしたところに現れています」。

丸紅ギャラリー入口

コレクションのうち、最初に蒐集をはじめたのは着物でした。時代は、第一次世界大戦や関東大震災を経た大正の激動期にさかのぼります。1924年、近江と京都で展開していた呉服卸問屋の丸紅商店が、東京への進出を図っていた頃。副社長の伊藤忠三が、同社で製作した約1,000枚の黒染め模様紋付と社員数名を携えて、日本橋の三越百貨店を訪れました。自信の商品だった黒染め模様紋付の評価と、東京圏の市場調査のためですが、そのとき三越の担当者に言われた言葉が、伊藤忠三に衝撃を与えました。

1,000枚のうち「良いと思われるものは3枚しかありません。そのなかでも、三越が買って、今すぐ売れると思われるものは1枚しかない」と。この言葉をきっかけに、市場の情報収集と、意匠研究の重要性を痛感した伊藤忠三ら経営陣は、翌年に「染織名品研究會(以下、名品会)」をつくりました。名品会は、古い衣装を蒐集・研究し、時代に合わせた染織品の創作を目的とした組織です。名品会では、各地の能装束や小袖、帯、裂(きれ)、袱紗など古く高価な染織品を蒐集。今日の着物コレクションの礎が築かれました。

第4回美展会場の様子(1929年)。コレクションの基礎となった「染織名品研究會」とは別に組織された「染織美術研究會」では、「美展」とよばれる展示会を開催。美展は今も続き、着物文化の発展に貢献する

染織品の楽しみかた

こうして集められた時代の名品は、今回取材した、開館記念第2弾「『美』の追求と継承-丸紅コレクションのきもの」展(2022年6月7日~8月1日)にて、展示されていました。丸紅コレクションの染織品のうち15%は能装束ですが、小袖や婚礼衣装、振袖などもあり、特に小袖は、古いものでは安土桃山時代から幕末明治期のものまで全体の35%(150点)ほど。近世の日本染織史を概観できる質と量を誇ります。さらに明治・大正期に化学染料やジャガード機などの技術を導入しはじめた頃の表現、伝統的な技法や意匠を現代に落とし込んだ昭和期の作品など、時代を追って多様な表現が紹介されていました。

《納戸紋縮緬地淀の曳舟模様小袖》江戸時代(18世紀後半)、下絵:伝勝川春章。淀川の和船が描かれた、丸紅ギャラリーのロゴマークの由来となった小袖。持ち下り(出張卸販売)を生業とした丸紅創業者の伊藤忠兵衛も、初めての持ち下りの際に、淀川を和船で渡ったとされている
《白綸子地四季草花青海波模様打掛》江戸時代(19世紀前半)。菊、牡丹、藤が全体に配置され、その間に波模様が入れられた打掛。武家の女性が晴れの場で着用したとされる
《白綸子地扇菊模様小袖》江戸時代(17世紀後半)の背面拡大。間近に見ると生地の文様の細やかさにも気づく

鑑賞のポイントを杉浦館長に伺いました。
「良い着物は、地模様(生地の文様)に丁寧な仕事が施されています。写真ではわかりにくいかもしれませんが、近づいて見るとその細かな手仕事に圧倒されます。またユニークな図柄も多く、たとえば狩人から逃れるために猿が兎の上に乗って逃げている様子や、バッタやキリギリスといった虫の大行列が描かれた作品もあります。謡曲を題材にした柄、美しい色合い、精緻な技術など注目するポイントも見る人それぞれに楽しんでいただけます。ぜひギャラリーで現物をご覧ください」。

館長の杉浦勉さん

現代の創作へつなぐコレクション

丸紅ギャラリーと同じフロアでは、現代の着物の展示会を開催することもあります。主催するのは丸紅の祖業である呉服事業を受け継ぎ、呉服の企画・製造・販売を行う京都丸紅株式会社。
「社内にはデザイナーもいますが、コレクションの保管や虫干しといった手入れなど、メンテナンスを手伝うなかで、本物に触れ、デザインのアイデアに活きることもあります」と、マーケティング部の土師(はし)一夫部長。京都丸紅は、「草の葉会」「あかね会」に端を発した「美展」(1927〜)をいまも主催し続けるなど、江戸期の創作を過去のものとして風化させず、現代につなげる取り組みをしています。

同じフロアで同時開催していた展示・販売会「丸紅ギャラリー開館記念 晴れ着の文化」

丸紅ギャラリーでは、2022年12月に開館記念展第3弾「美しきシモネッタ」展にて、1960〜70年代に収集した絵画作品のなかから、国内で所蔵される唯一のボッティチェリ作品である《美しきシモネッタ》(15世紀後半)を展示します。また2023年には第4弾として染織図案を紹介する展覧会を予定しています。企業のあゆみとともにあるアートコレクションを通し、古今東西の美を体感できる空間となっています。

Text:佐藤恵美
Photo:中川周

丸紅ギャラリー
住所:東京都千代田区大手町1-4-2 丸紅ビル3F
開館時間: 10:00-17:00(入館は16:30まで)
休館日:日曜、祝日、年末年始、展示替え期間(202211月末まで休館中)
入館料:一般(大学生以上)500円 ほか
https://www.marubeni.com/gallery/

[これから開催する企画展]
開館記念展III美しきシモネッタ展(2022年12月1日〈木〉~2023年1月31日〈火〉)
開館記念展IV染織図案展(2023年5月16日〈火〉~7月11日〈火〉)

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