新連載第1回となる今回は「お花見」をテーマに、作品を選定。名所絵を得意とした浮世絵師・歌川広重の《名所江戸百景 上野清水堂不忍ノ池》の魅力に迫るべく、安村先生と春らんまんの上野を訪ねました。
浮世絵片手に上野へ行こう!
江戸アートナビ
No.001東京から時代を遡って花のお江戸の芸術文化を紹介。江戸絵画の専門家・安村敏信先生と一緒に、楽しく美術を学んでいきましょう。「江戸」を知ることで、新たな「東京」を再発見できるかもしれません。
監修/安村敏信氏
Point 1. 《上野清水堂不忍ノ池》は西の名所に見立てられた景色!?
――この絵のとおり、清水寺があるんですね。
清水寺を模した「清水観音堂」ですね。このあたりは東叡山寛永寺の境内になるんですが、寛永寺というのは江戸城の鬼門をふさぐため1625(寛永2)年に創建されたお寺です。平安京の鬼門にあたる比叡山延暦寺にならって、東の比叡山で東叡山。比叡山のふもとに琵琶湖があるように、不忍池を琵琶湖に見立てているんだな。不忍池辯天堂も琵琶湖にある竹生島神社になぞらえている。まあ、西の名所に見立てられた景観が、江戸の名所になっているわけです。
――実際に現場に来てみると、絵とだいぶ違いますね。輪になった枝が特徴の「月の松」は、2012年12月、約150年ぶりに復活したそうですが。
Point 2. 構図は引用でも、面白く仕立てた方が勝ち
広重は、《名所江戸百景》のほかにも《東海道五十三次》などの名所絵を描いていますが、全ての場所に足を運んでスケッチしたわけではないということが、最近わかってきてるんですよ。《名所江戸百景 上野清水堂不忍ノ池》の構図は、斎藤月岑(げっしん)がまとめた『江戸名所図会』《清水堂花見図》の構図をそのまま引用してるしね。だけど、広重の絵の方が断然面白い。当時は今のような著作権はなかったので、浮世絵は面白く仕立てた方が勝ち。鍬形蕙斎(くわがたけいさい)の版本を真似しては自分の功績にしていた葛飾北斎は、さすがに文句をいわれてますけどね(笑)。
Point 3. 風景画というジャンルの誕生
――そういえば、北斎も名所絵をたくさん描いていますね。
もともと浮世絵には美人画と役者絵しかなくて、描かれているのは江戸の二大悪所といわれる吉原か歌舞伎小屋でした。そこに名所絵という風景画のジャンルを打ち立てたのが北斎の《冨嶽三十六景》で、同時期に広重は《東海道五十三次》を刊行しています。その背景には旅ブームがあって、街道や宿泊施設が整備されると、江戸の人たちはお伊勢参りや富士講を口実に東海道をくだって旅に出るんですね。信仰心もないのにさ(笑)。そこでガイドブックのような名所図会がさかんに出版され、名所絵も大流行したんです。
Point 4. 謎だらけの《名所江戸百景》シリーズ
――それで広重も《名所江戸百景》に取りかかるようになったんですか。
風景画は横、という概念を覆して縦の構図を採用した《六十余州名所図会》が意外と当たって、広重は最晩年に《名所江戸百景》に着手するんですが、何で江戸の名所を描こうとしたのか、よくわかっていないんだな。《名所江戸百景》が最初に刊行されたのは1856(安政3)年で、前年に大地震があった。江戸の街は壊滅状態で何もないはずなのに、なぜ江戸の名所を描くのかと。しかも名所といいながら、《深川万年橋》で描いているのはカメのどアップとか。地方の人が見たら、どこが江戸の名所なのかわからない絵がすごく多いんです。
Point 5. 江戸の人に向けての名所絵だった!?
――江戸の人にとっては、おなじみの場所だったんですか。
《深川万年橋》のカメを見たら、江戸の人たちは「ああ、深川のあたりでは、カメの放生会をやってるよな」とわかったでしょう。鯉のぼりのコイが大きく描かれた《水道橋駿河台》なんかも、「武家屋敷に鯉のぼりが出るようになったか」とか「地震から復興して鯉のぼりが出るようになったらいいな」と思っていたかもしれない。地方の人が見たら「コイの産地ですか?」なんて思ってしまうかもしれないけど(笑)。そう考えると、《名所江戸百景》は地方の人が買っていく江戸土産というより、江戸の人たちに向けて描かれたものだったのかなと。そのなかで、《名所江戸百景 上野清水堂不忍ノ池》は、江戸の人も地方の人もわかる、ずばり名所そのものを描いた名所絵といえますね。
――シリーズ全作と見比べても面白いですね!
実際に上野を散策してみよう!
上野に来たら清水観音堂だけでなく、上野大仏や上野東照宮にも立ち寄りたいところ。1631(寛永8)年に建てられた上野大仏は、関東大震災や第二次世界大戦を経て、現在残っているのは顔のみですが、その大きさから当時の姿がしのばれます。
日光に行かずともお参りできる上野東照宮も必見です。創建は1627(寛永4)年。徳川家康を祀る神社で、三代将軍家光によって造営替えされた社殿が現在に残ります。現在修復中ですが、間もなく江戸の人びとが見ていたのと同じ金箔社殿がよみがえるそうです(現在も社殿の拝観は可能です)。みなさんも是非、江戸を身近に感じながら上野を散策してみてください。
イラストレーション/伊野孝行
監修/安村敏信(やすむら・としのぶ)
1953年富山県生まれ。東北大学大学院博士課程前期修了。2013年3月まで、板橋区立美術館館長。学芸員時代は、江戸時代の日本美術のユニークな企画を多数開催。4月より“萬美術屋”として活動をスタート。現在、社団法人日本アート評価保存協会の事務局長。主な著書に、『江戸絵画の非常識』(敬文舎)、『狩野一信 五百羅漢図』(小学館)、『日本美術全集 第13巻 宗達・光琳と桂離宮』(監修/小学館)、『浮世絵美人解体新書』(世界文化社)など。