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不気味なものが大流行! 幕末のエンターテインメント

江戸アートナビ

No.007
江戸アートナビ7

江戸絵画の専門家・安村敏信先生と一緒に、楽しく美術を学ぶコラム「江戸アートナビ」。今回は、歌川国芳(うたがわくによし)の《竹沢藤次 独楽の化物》から、幕末のエンターテインメントに注目。およそ150年前の江戸の庶民たちは、一体どんなことを楽しんでいたのでしょうか。


監修/安村敏信氏

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2014.10.07

Point.1 幕末ならではの表現。陰影法を用いた浮世絵

江戸アートナビ7
歌川国芳 《⽵沢藤次 独楽の化物》 ⾜⽴区⽴郷⼟博物館蔵

――異様な雰囲気の絵ですが、何が描かれているんですか?

これは大人気を誇った独楽芸人・竹沢藤次(こまげいにん・たけざわとうじ)の舞台の情景で、ぜんまい仕掛けのカラクリを使った独楽芸の様子が描かれています。中央の人物が竹沢藤次で、独楽が回っているのは提灯や井戸から出ている妖気の上。左側にあるのはお岩稲荷(稲荷神社)の境内で、右側の巨大な顔はお岩さんです。どんな仕掛けがあったのかわかりませんが、独楽がヒュッと出てきたり、お岩さんの顔がバッと出てきたりしたんでしょう。ただ独楽回しを見せるのではなく、怪談と結びつけて芸を見せる。これが大評判となったんです。

絵として注目すべき点は、お岩さんの顔の陰影法。平板な浮世絵のなかに、突然の立体感。ギョッとするでしょう。国芳は他にも陰影法を使った浮世絵を描いていますが、これほど極端な対比はありません。ただ、幽霊に陰影法を使うという手法はすでに北斎が読本《ゆめのうきはし》の幽霊の場で試していて、国芳はそれを真似ているんだな。北斎よりもだいぶリアルな描写で、このお岩さん、幽霊というよりブロンズ像みたいになってしまっていますが(笑)。

Point.2 幕末の世相。不気味なものが大評判をとる時代

――当時の江戸庶民の楽しみって、怪談関係が多かったんですか?

怪談だけではありませんが、人々の関心がそういう方向に向かっていくような時代背景があったことは確かです。例えば、お岩さんが登場する『東海道四谷怪談』が初演されたのは、文政8(1825)年7月のこと。前年には、はしかの流行や経済の破綻、天変地異による飢饉の発生などがありました。不穏な空気が流れるなか、いつ自分の身に災いが降りかかるかわからない。そんな不安を払拭するのに、あえて気持ち悪いものを見て怖さから逃げようと思ったんでしょう。怖いのは劇中のこと。劇が終わればもう大丈夫だと。幕末の世相の不安のカタルシスのひとつとして怪談が求められた、というわけです。

斎藤月岑(さいとうげっしん)の『武江年表』で見世物の歴史をたどると、時代が下るにつれて、どんどん見世物の内容がグロテスクになっていくのがわかります。文政2(1819)年の浅草奥山で人気だったのは、籠で編んだ巨大な関羽などの籠細工でしたが、天保元(1830)年には怪奇趣味にあふれた化物細工がつくられ、天保9(1838)年には変死体の人形が両国の回向院境内に登場。嘉永6(1853)年に両国橋東詰に出されたエロティックな人形「見立女六歌仙」は、まるで生きているような容貌だったことから“生人形(いきにんぎょう)”と呼ばれ、以降よりリアルな人形がつくられるようになり、元治元(1864)年には、お腹を開いて胎児の10か月の変化をからくりで見せるようなものまで出てきます。

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Point.3 幕末の信仰。信心を口実に何でも楽しむ庶民たち

――見世物のメッカは浅草と両国だったそうですが、浅草寺のお参りのついでに立ち寄っていたのでしょうか?

いやいや、見世物のついでにお参りですよ。信心なんてあるわけない(笑)。江戸時代に大流行したお伊勢参りだってお参りが口実で、ほとんど途中の旅を楽しんでいただけ。富士講も同じ。今だって、寺社のお祭りといったらお参りに行こうというより屋台が出るから行くわけで、江戸の庶民たちも観音詣でに行こうやなんて言いながら見世物小屋に遊びに行っていたんでしょう。

幕末には、見世物の他にも興味深いものがたくさんあります。そのひとつが、安政2(1855)年に発生した大地震の後に大量に流通した鯰絵(なまずえ)です。なんと河鍋暁斎(かわなべきょうさい)は、地震翌日に鯰絵を描いています。最初は“ナマズが地震を引き起こす”という民間信仰のもと、ナマズを懲らしめるような絵が描かれていたんですが、そのうち地震のおかげで儲かる人たちが出てくると、再建事業に関わった左官屋とナマズがどんちゃん騒ぎする様子が絵になり、地震によって金持ちと貧乏人の立場が逆転したことから、ナマズは世直しの象徴になっていくなど、時の流れとともに主題が変わって来るんです。岩波文庫に鯰絵の本があるので、主題の変遷をたどってみると面白いですよ。

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監修/安村敏信(やすむら・としのぶ)

1953年富山県生まれ。東北大学大学院博士課程前期修了。2013年3月まで、板橋区立美術館館長。学芸員時代は、江戸時代の日本美術のユニークな企画を多数開催。4月より“萬美術屋”として活動をスタート。現在、社団法人日本アート評価保存協会の事務局長。主な著書に、『江戸絵画の非常識』(敬文舎)、『狩野一信 五百羅漢図』(小学館)、『日本美術全集 第13巻 宗達・光琳と桂離宮』(監修/小学館)、『浮世絵美人解体新書』(世界文化社)など。

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