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初台〈後編〉 age0-3

石川直樹 東京の記憶を旅する

No.004
初台 9/30

17歳でのインド一人旅を皮切りに、世界各地の極地や高峰、海原へと飽くなき好奇心で分け入り、その記録を写真と文章で紡ぐ石川直樹さん。東京は石川さんが生まれ育った街であり、現在も旅の発着点の街。記憶の時系列で東京各所を辿ります。


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2011.11.18

Photo & text:石川直樹[いしかわ・なおき]

石川直樹が3歳までを過ごした初台を、数十年ぶりに歩き、撮る。新宿から西方に約1キロ、武蔵野台地末端に位置する初台は、西口に〈新国立劇場〉を擁し、東口には閑静な住宅地が広がっている。石川直樹が3歳までを過ごしたのも、この東口近辺という。住んでいたマンションから離れ、古い面影を残す商店街へと石川の足が向かう。〈前篇〉に引き続き、自身の記憶を旅していく。

2-1――商店街

3歳まで住んでいたマンションから移動して、初台駅前に向かってみます。

住宅地の入り組んだ細い道を抜け出た通りには、「初台商盛会」と書かれた旗が、街灯の柱に並んでいます。チェーンのドラッグストアや小洒落たビストロなどの合間に、「ぼくが住んでいたときにもあったのかな」と思わせるたたずまいの店が混在している商店街でした。

両親はここで買い物をしていましたが、祖母はわざわざ渋谷の東急や青山の紀ノ国屋まで行って食料などを買いそろえていたようです。ちなみに祖父の夕食は基本的に「すき焼き」が多く、ぼくも祖父宅に行った時は食べていたとのこと。ほとんど記憶にはないのですが。でも、今もすき焼きは大好きなので、もしかすると舌の記憶として残っているのかもしれません。

初台 9/30
初台 9/30

2-2――待たない

身体が反応する風景を、あちこち撮っていきました。

何を撮っているのかと聞かれても、うまく説明できません。街の古い部分だけを選んでいるわけでもないし、言葉になる前の何かに反応した、としか言えないです。

雨が降っていたら雨が降っている風景を撮るし、曇っていたら曇っている風景を撮る。晴れるのを待ったりして、自分から写真のイメージを作ってしまうことはほとんどしません。

サマセット・モームの「雨が降ったら『雨が降った』と書く」という言葉をたまに引き合いに出しますが、例えば「世界が終わりそうな雨」だとか「悲しげに雨が降っている」というようには書かないようにしています。雨は雨ですからね。そこに抒情的な修飾語を付けるのは、書き手の主観でしかない。自分の言葉で世界を捻じ曲げたくないんです。自意識の入り込まない図鑑のような写真のほうが、写真としての強度を持っていると思っています。

初台 9/30
初台 9/30

2-3――フィルム

ぼくがフィルムで写真を撮っている理由は、単純にデジタルデータを扱う術を持っていないことがまず挙げられます。フィルムを使うほうが自分の思っている通りに仕上がるんですね。ただ、フィルムにこだわり続けたいという気持ちもそんなに強くない。デジタルで撮影して、自分が思うようにプリントができるようになるなら、デジタルでもいいんです。

旅に出るとき、フィルムの現地調達はまずできないので、日本で用意していきます。荷もかさばるし、何枚も何枚も撮れるわけではないフィルムは、やはり不便です。しかし、その不便、不自由という制限があることによって、それを超えようとする力が働くという利点もあります。例えばフィルムを使っていて、あと3枚しか撮れないというときに、気持ちを揺さぶられるような風景に出会ってしまったら「あと3枚でこれを撮り切るんだ」という強い思いが生まれますよね。念のため何度もシャッターを切る、ということができないのは、フィルムのいいところにもなりうると思います。

2-4――寂しいけど悲しくはない

今回、祖父の家も残っているなら見てみたい気持ちはありましたし、結局跡形もなかったことは寂しかったですが、それについて過剰に悲しんだり惜しんだりする気持ちは起こりません。何かがなくなっても、同時に何かが生まれているわけで、そうやって世界は成り立っている。刻一刻と流れていく目の前の現実をただただ見つめ続けることが、写真を撮る者にできる唯一のことだと考えています。ノスタルジアからは何も生まれてこない。

あの青いタイルのマンションもいずれなくなったら、少し寂しいけれど、写真に記録したので、そんなに未練はありません。記憶だけだとしたらいつかは薄れていきますが、記録は記憶を支え続けますからね。

初台 9/30

2-5――驚き続けたい

なくなっていくものを懐かしむよりも、それを驚きとして受け止めていきたいです。

ぼくは「見知らぬものに出会って、驚く」ために旅をしてきたところがあります。驚き続けるための、ぼくにとって最も有効な作法が旅なんです。

生まれ育ち、今も住んでいる東京は、自分にとって見慣れた街であり、そのなかに驚きは少ないかもしれません。ですが、カメラを片手に改めて歩いてみると、全然そんなことはない。見慣れたと思い込んでいた場所のなかに、驚きがたくさんありました。今後もこうした東京のなかで、多くの驚きに出会い、できる限りシャッターを切り続けたいと思っています。

初台 9/30
初台 9/30

石川直樹(いしかわ・なおき)

1977年東京生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)により、日本写真協会新人賞、講談社出版文化賞。『CORONA』(青土社)により土門拳賞を受賞。著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)ほか多数。最近では、ヒマラヤの8000m峰に焦点をあてた写真集シリーズ『Lhotse』『Qomolangma』『Manaslu』『Makalu』(SLANT)を4冊連続刊行。7月発売の最新刊に写真集『潟と里山』(青土社)がある。

石川直樹さん近影

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