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代々木〈前編〉 age18-19

石川直樹 東京の記憶を旅する

No.011
代々木 2019/6/15

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2020.09.09

Photo & text:石川直樹[いしかわ・なおき]

明治神宮の御苑東門の近くに代々モミの巨木があったことから命名された代々木には、今も多くの予備校生が通う。高校3年生で受験した大学は全部落ちたものの、カヌーイストで作家の野田知佑さんに「大学は行っておいた方がいい」と諭され、予備校へ通うことになった石川直樹。先の見えない焦りはありながらも、時にアルバイトをし、時に旅に出て、時に勉強に打ち込む、独特な予備校生活を送ることになる。


9-1――代々木で予備校生になる

前々回(No.009 九段下〈中編〉)お話しした通り、高校三年のときの大学受験はすべて失敗してしまい、大学に入ること自体をやめてしまおうかと考えていました。でも、高校卒業を控えた春休みに鹿児島の野田知佑さんのところに行って相談した結果、浪人生活をおくることに決めたんです。で、代々木の予備校へ通うことにしました。なぜ代々木にしたのかはっきりとは覚えていませんが、予備校がとにかく集中して林立しているところで、自然に決まった、という記憶があります。

実際、1990年代前半のJR代々木駅前は、今より強烈な予備校街でした。今でももちろん代々木ゼミナールの校舎が駅前にありますが、そんな程度ではなく、いろいろな予備校がひしめいていた。今、そうした校舎の多くは、居酒屋などのある雑居ビルに変わっています。

予備校生にはなったものの、春からガッツリ浪人生活をがんばろう! という気にもなれず、引っ越し手伝いの日雇いバイトなどをしながら予備校に通うといった、中途半端な感じでやっていました。

一方で旅への憧れも捨てられず、その年の夏休みは、ためたアルバイト代でベトナムへ2週間、そこから陸路でカンボジアに2週間の合計1カ月行ってしまい、秋口からやっと追い込まれ始めたものの、遅れは否めないものがありました。なんとか早稲田大学の人間科学部と第二文学部の二つに受かって、どちらに行くのか悩んで、高校のちょっと変わった国語の先生に相談したら、「石川、おまえは文学部だろ」みたいなことを言われたり、人間科学部は所沢にキャンパスがあって遠いなあ、などと思って、第二文学部に入学しました。翌年の春のことです。

代々木 2019/6/15

9-2――自習室

予備校で唯一色濃く覚えているのは、自習室です。代々木駅西口の改札を出て、正面のスクランブル交差点をまっすぐ渡って右手のあたりにありました。そこそこ広くて、もちろん私語は禁止で、勉強に集中せざるを得ない空気でした。

ぼくは家で仕事があまりできないタイプなのですが、その感覚は自習室を利用していた時代から変わっていません。勉強も家でははかどらず、自習室などじゃないとできなかった。今も、よく喫茶店で仕事をしています。喫茶店も、個人経営のこだわりの店よりは、ファミレスやチェーン系の安っぽいカフェのほうが好きです。そういう喫茶店に行くと、キャバクラの面接とか、怪しい商談をしている人たちがたくさんいるんですが、そういう中にいるほうが、なぜか落ち着く(笑)。誰にも注目されず、気にも留められず、人のなかに埋もれることができるのもいいですね。当時の自習室もまさにそういう雰囲気で、好きな場所でした。

代々木 2019/6/15
代々木 2019/6/15

9-3――英語をがんばる動機

予備校で、好きな女の子ができました。髪が長くて、頭もよくて、気づくとよく話すようになった。住んでいる場所も近かったので、ときどき一緒に帰ったりしていました。

中学の時に小遣いをためて買って以来、旅行や山登りだけでなく、予備校通学にもダナーの皮の登山靴みたいなのを履いていたのですが、その靴を「かっこいいね」と褒めてくれて、有頂天になった。自分でもアホだな、と思います。(ちなみにこの靴は、ソールを貼り換えながら使っていましたが、最後には爪先がパカッと開いてしまい、寿命と相成りました。さらに同じ靴を購入して、それはメンテナンスをしながら今も使っています)。

彼女がICU(国際基督教大学)を目指していたし、大学が掲げている指針や方向性も好きだったので、ぼくもICUを第一志望に決め、英語を重点的に学んでいました。予備校生ということで、「もし彼女が志望校に受かって自分が受からなかったら、かっこ悪いし、結ばれるわけがないな」と確信し、それが勉強に多少なりとも身を入れる動機になりました。

とはいえ、「英語の勉強は、いつか自分の旅にも役に立つはず」と、自分に言い聞かせてやる気を出していました。単語の暗記や赤本などもひたすらこなして、そこはまあ普通の受験生でしたね。当時たくさん覚えた単語は、旅先でちゃんと役立っているはずです。結果的にICUには落ちましたが、その後も彼女とは親交が続きました。受験の結果ごときで消滅する恋愛は、ダメですね。というのは今だから言えることです(笑)。

代々木 2019/6/15

石川直樹(いしかわ・なおき)

1977年東京生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)により、日本写真協会新人賞、講談社出版文化賞。『CORONA』(青土社)により土門拳賞を受賞。著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)ほか多数。
2020年『まれびと』(小学館)、『EVEREST』(CCCメディアハウス)により日本写真協会賞作家賞を受賞した。

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