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代々木〈後編〉 age18-19

石川直樹 東京の記憶を旅する

No.012
代々木 2020/8/19

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2020.09.16

Photo & text:石川直樹[いしかわ・なおき]

アルバイトや旅に出る期間はありつつも、石川直樹は予備校での勉強に精を出し、1浪を経て、翌年には大学進学を果たす。この1年間という短い期間にあっても、本や映画でさまざまな物語に触れては、実際に未知のフィールドに飛び込み、石川は持ち前の好奇心と行動力で世界を広げていく。


10-1――一番本を読んだ季節

振り返ってみても、18、19の頃が一番本を読んでいたように思います。

星野道夫さんや沢木耕太郎さん、植村直己さんなどの紀行は、中高時代から引き続き、読みました。蔵前仁一さんが編集していた『旅行人』という雑誌もあの頃熱心に読んでいましたね。インターネット前夜の時代、この雑誌のもたらす海外最新情報の量と正確さは、バックパッカーたちにとって貴重なものでした。ほかには岩波新書なんかは、小論文の課題対策も兼ねて、かたっぱしから読みあさっていました。思想系の本も、この頃は盛んに読んでいましたね。

そして浪人時代には、旅行会社が作っていた学生向けの冊子があって、その編集を手伝うようになりました。一時期は編集長もやっていて、高校二年の時に行ったインドのことを『高校生でもインド』というタイトルで一年以上連載していました。浪人生なのに、大学生の知り合いが増えて、歳が一歳二歳違ったところであんまり変わらないな、などと生意気なことを思っていました。人が書いた文章を読むだけでなく、自分でも発表し始めた時期でしたね。

代々木 2020/8/19

10-2――国立代々木競技場のプール

これも予備校時代ですが、ジャック・マイヨールの本を読んだり、映画の〈グラン・ブルー〉を観たりしたこともあって、「イルカと泳ぎたい」という思いが募るようになりました。その結果、授業が終わると、国立代々木競技場の体育館まで足を伸ばし、泳ぎの練習を始めることに。

国立代々木競技場のプールには当時から、国内でも数少ない潜水トレーニング用の深いプールがあり(2020年まで改装中)、そこで、モノフィンとフロントシュノーケルを借りて練習しました。モノフィンというのは、人形の足(ヒレ?)のようになっている一枚のフィンで、両足が固定されます。フロントシュノーケルは、水圧を受けないように鼻から額の上に伸びているものです。シュノーケルが横にあると、水圧を受けて泳ぎにくいからですね。習得したらすぐ実践してみたかったので、小笠原の海で、イルカと実際に泳いでみました。

あれだけ練習しても、青い海の中で足が固定されたまま、底の見えない海を漂う感覚は、プールとは全然違っていました。そしてそこに実際にイルカが近づいてきたときの動揺、乗ってきた船の船影を、視界の端から見失ってはいけない緊張感。強烈な体験でした。今はできないかもしれないですね。10代で、予備校生でという、無謀なことが平気な時代だからできたような気がします。

代々木 2020/8/19

10-3――贅沢な時間

こうやって思い出してみると、ずいぶん忙しかったですね。そして、普通の予備校生の生活とはずいぶん違っていたんだなと、あらためて思います。「みんな目的はあるんだろうけど、よく毎日黙々と暗記とかできるな」などと思っていて、そんな斜に構えた態度だから成績もなかなか上がりませんでしたが……。

いずれにしても不思議な時代でした。何にも属していなくて、将来は何も決まっていなくて、でもしたいことは無限にあって。浪人生、予備校生なんて言い方はあるけれど、結局はただのプータローですからね。でも、だからこそ、本も読めるし、映画も見に行けるし、旅にも出られる。今から考えると、うらやましいくらい贅沢な時間でした。

代々木 2020/8/19

10-4――大学生という身分

今、10代の子がぼくを訪ねてきて、「大学受験はやめて、自分も石川さんのように旅をして写真を撮っていきたい」と言われたらどうするか。ぼくも野田知佑さんと同じく「無理して行く必要もないけど、行けるんだったら行った方がいいんじゃないか」と言うと思います。

大学生活という4年なり2年なり、あるいは大学院も入れたらもっと長い年月の猶予期間は、将来何かになる道筋をゆっくり決められる、可能性にみちみちた時間ですから。

それに旅先なんかで初めて会った人にも「大学生です」と言えば、たいていは納得してもらえる、わけのわからない、でもすごく便利な身分でもあるんです。旅をしていて「無職です」と言うと「無職かあ……」となるけど「学生です」って言えばね。美術館や博物館の学割料金なんかもあの頃は当たり前だったけど、今から思えば便利すぎますよね。

代々木 2020/8/19

石川直樹(いしかわ・なおき)

1977年東京生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)により、日本写真協会新人賞、講談社出版文化賞。『CORONA』(青土社)により土門拳賞を受賞。著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)ほか多数。
2020年『まれびと』(小学館)、『EVEREST』(CCCメディアハウス)により日本写真協会賞作家賞を受賞した。

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