障害を持つ人々のアート作品、それらを活かした企業やデザイナーとのコラボレーション、最先端のスポーツ義足や車椅子のデザインなどを展示した展覧会「ここから-アート・デザイン・障害を考える3日間」。障害のある人もない人も、意識が変わる展示でした。
六本木アートナイト2016[後編]
イベント・レポート
No.01710月21日(金)~23日(日)、六本木の街を舞台に、夜を徹して多様なアートを繰り広げた「六本木アートナイト2016」。後編では、国立新美術館で同時開催された、障害者とアート・デザインの未来をめぐる展覧会「ここから-アート・デザイン・障害を考える3日間」の連携事業「TURN in BRAZIL」の帰国報告会についてレポート。併せて、六本木ヒルズや東京ミッドタウンなどで印象に残ったアート作品もピックアップして紹介します。
地球の裏側にいる人たちと日本の伝統工芸でつながる
その連携事業として、「TURN in BRAZIL」帰国報告会「地球の裏側でTURNする」が、のべ3日間6回にわたり開催されました。「TURN」とは、アーティスト日比野克彦の監修のもと、異なる背景や習慣を持つ多様な人々との出会いやつながり方を創造するアートプロジェクトで、東京2020オリンピック・パラリンピックの文化プログラムを先導する東京都のリーディングプロジェクトとして2015年より始まりました。
今夏は、オリンピック・パラリンピックの開催国ブラジルに飛び、日本とブラジルの4人のアーティストが参加。伝統工芸を携えて、サンパウロに滞在しながら現地の福祉施設に通い、交流を通して生まれた作品の展示やワークショップをリオデジャネイロで実施しました。例えば、アーティストの五十嵐靖晃は、サンパウロの自閉症児療育施設「PIPA」に通い、日本橋で習得した江戸組紐の工程を子供たちと行うことで関係を深めていきました。そこには、昨年度の「TURNフェス」で五十嵐が交流した「クラフト工房La Mano」で藍染した木綿糸も使われています。
今回はこのLa Mano施設長・高野賢二と五十嵐靖晃による10月22日のトーク「AutistaとArtista~自閉症児療育施設「PIPA」で糸と向き合う~」を紹介します。ポルトガル語で「Autista(アウティスタ)」は自閉症、アーティストが「Artista(アルティスタ)」と一字違い。似ているところもあるかもしれません。
La Manoでの経験が、ブラジルの「PIPA」へのパスポート
町田市の「クラフト工房La Mano」は、主に知的な障害を持つ人々が、藍染や草木染め、織りの作業などを行う施設。「Mano」はスペイン語で「手」の意。近年では平野智之に代表される造形活動も注目されています。五十嵐はここで藍染の糸を共同制作し、「TURN フェス」では、新しい価値観の海に飛び込むような、水平線をイメージしたインスタレーションを発表しました。
「La Manoのメンバーとのコミュニケーションは言葉ではなく行動で、つまり、みんながやっていることを一緒にやることから始めました」と語る五十嵐。「まずは真似をして無心に作業に取り組む。そうするうちに、彼らが僕に心で寄り添い、誇りを持って教えてくれるようになりました。このLa Manoでの経験がパスポートとなり、PIPAにも入っていけたと思います」。
自閉症児療育施設「PIPA」では、向精神薬の投薬治療ではなく、生活療法を実施。走る、歯を磨く、服をたたむなど、生活の中の基本的な動作から、心と身体のバランスを整えていきます。五十嵐もまた「毎朝8時に施設に行き、一緒に走ることから始めた」と言います。「そのうち、子供たちの些細な変化や日によって違う空気感を読み取れるようになっていきましたね。これは、高野さんをはじめLa Manoのスタッフが、工房メンバーそれぞれの変化や才能に気づく姿を見て学んだことです」。
こうして関係性を深めながら、まず糸巻きをしてみると、「糸を玉にすることが得意な子、糸を張ることが好きな子など、それぞれが自分の居場所を見つけて」いき、施設長からも「落ち着きが見られた」と言われたそうです。ちなみに青は、国連総会で制定された自閉症についての理解を深める日「世界自閉症啓発デー」(毎年4月2日)のシンボルカラー。偶然ではありますが、La Manoに並ぶ優しい藍染作品とイメージが重なります。
高野もまた、「La Manoでもすべての工程をひとりでやるのではなく、縫う、絞る、糸を巻くなど作業を細かく分け、ひとりひとりの好きなことや得意なことを仕事としています。そうすれば誰もが関われるし、自分の仕事として自信が持てる」と語りました。
トークの最後には、「これからは『アール・ブリュット』という総体的な魅力ではなく、ひとりひとりのその人らしさ、その人としか生まれ得ない関係性、多様さを大切にしていきたい」という話に。2017年3月の「TURNフェス」も楽しみです。
自分の向こう岸の他者。その存在と出会うアート
また、「地球の裏側」から「自己の対岸の他者」「背中合わせの合わせ鏡」と連想していくと、百瀬文と韓国の作家イム・フンスンとの映像作品《交換日記》にも通じるものを感じました。相手の視点で切り取られた風景に、自身の声と言葉をかぶせる、そのズレと重なり。山本基の塩のインスタレーション《迷宮》では、亡き妹の魂と出会うための作品に、鑑賞者それぞれが祈りを重ねます。
チェ・ジョンファの《Love Me》やサエボーグ《Pigpen》など毒の効いた作品、若木くるみの《車輪の下》の愚直な走りも印象に残りました。不穏な未来への逆流も感じる現代、いまあるものの源流をたどり、他者との接点を見出そう。2020年を見据えた2016年の「六本木アートナイト」から、そんな提案も感じました。
文・構成:白坂ゆり
「TURN」
アーティスト日比野克彦の監修のもと、異なる背景や習慣を持つ多様な人々との出会いやつながり方を創造するアートプロジェクト。「東京2020オリンピック・パラリンピック」における文化プログラムのモデル事業(リーディングプロジェクト)としてスタートし、2016年3月4日~6日には、東京都美術館で「TURNフェス」が開催。「TURN in BRAZIL」では、アーティストが障害や生きづらさを抱えた人々と出会い、そこから生まれたアート作品などが発表されました。