国内にはアーティストに贈られる賞が多々ありますが、それらの多くは新進作家を対象としたものです。そんななかTCAAは、海外での展開も含め、更なる飛躍とポテンシャルが期待できる国内の「中堅アーティスト」を対象として創設されました。
今回は、2018年7月~8月に公募が行われ、さらに選考委員が推薦したアーティストも含め、136組を対象に一次選考会が行われました。そこから7組のノミネートアーティストが選出され、その後、アーティストの調査、スタジオ訪問、面接などを経て、2名の受賞者が決定。受賞者に対しては、賞金300万円の授与、海外での活動支援のほか、東京都現代美術館での展覧会および海外での具体的な発信を可能にするモノグラフ(日英)の作成など、2021年まで2年間に渡る継続的な支援が行われます。
そして栄えある第1回目の受賞者に選出されたのが、徹底した「過去」へのリサーチをもとに、「未来」に垂れ込む暗雲を予兆させる黒い木版画を中心に制作する風間サチコさんと、旅やフィールドワークをベースにした制作活動を行う下道基行さん。
風間さんの《ディスリンピック 2680》は、1940年に制定された「国民優生法」と幻の東京オリンピックという2つのテーマが混ざり合った作品。このテーマに関わることによってナチスを意識するようになった風間さんは、本賞の海外支援を活用してベルリンを拠点に各所を見て回りたいと言います。
一方で下道さんの《津波石》は、2011年の東日本大震災について考えているなかで、沖縄で出会った風景をビデオに収めた作品です。先島諸島には250年ほど前に津波で流れついた岩がたくさんあり、5年ほどかけてその風景を作品にまとめていったそうです。本作品は2019年5月11日~11月24日までイタリア・ヴェネチアで開催の「第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展」の日本館に出品されています。
授賞式には受賞者のほか、東京都の小池百合子知事、東京都現代美術館館長の岡素之氏、選考委員のジャパン・ソサエティー、ニューヨーク ギャラリー・ディレクターの神谷幸江氏も同席し、祝辞を述べました。
続くシンポジウムでは、受賞者、選考委員に加えて、特定非営利活動法人アーツイニシアティヴトウキョウのディレクターを務める塩見有子氏がモデレーターとして登壇し、賞の概要や選考のポイント、受賞者の今後の活動の展望などが論じられました。
TCAAの特徴のひとつに、ノミネートアーティストのスタジオ訪問が挙げられます。風間さんは古本などの資料が数多く置かれる東京都内の自宅兼アトリエ、下道さんは各地を旅するスタイルのため、東京都現代美術館の一室が訪問先となり、作品の背景や制作方法などをめぐるアーティストと選考委員の対話が交わされました。
M+副館長兼チーフ・キュレーターのドリュン・チョン氏は、自宅で集中して作業に取り組む風間さん、バックパックを持って外に出て行く下道さんと2人の対照性を指摘したうえで、スタジオ訪問によりアーティストの世界との向き合い方を知ることができたといいます。
アーツ前橋館長、東京藝術大学大学院准教授の住友文彦氏は、ノミネートされた多くのアーティストが「震災」について触れていたことを発見したと話しました。近代科学が作りだした原発について考えると、美術も近代におけるひとつの制度であり、それぞれが違うやり方でそのことを意識して、それへの抵抗を作品を通して示していたようなところがあったと振り返りました。
これを受けて、神谷氏は、今の社会状況が、日本のアーティストが震災の体験を血肉にして吐き出す工程を後押ししており、それが少しずつ芽を出してきた時期なのではと指摘しました。
さらに話題はTCAAのもうひとつの特徴である、中堅アーティストを対象としていることに移ります。まず、中堅アーティストの定義として、北京インサイドアウト美術館ディレクターのキャロル・インハ・ルー氏は、制作の仕方にある程度の方法論を持っていて、興味範囲が定まっており、リサーチもして知識もある程度持っている人たちを指すと掲げました。そのため、そこから自分のやり方をどうやって超えていけるか、新たなスタートを切っていく層だと述べました。
トーキョーアーツアンドスペースのプログラムディレクター近藤由紀氏は、無数のリサーチと時間と日常生活を、ビジュアルなどの非言語のものへ転換する強度がある人たちだと話します。
さらにチョン氏は、中堅アーティストはエスタブリッシュした作家とエマージングな作家の間で見えなくなっている存在であると意見。「中年クライシス」という言葉があるように、「中」と冠する層は難しく、中堅アーティストに対して何をしていくかを考えなければいけないと付け足しました。
シンポジウムの最後には、受賞者によって今後の意気込みが語られました。
下道さんは、作品が周囲に認知され中堅になってくると、仕事が格段に増えるわけでもなく、作家活動を断念したり、アートを教えるなど他の仕事に就く人も多いという実感を伝えました。しかし、自分は制作に没頭してもっといろいろなものを見たい、知りたいという気持ちが強いため、外に出ていきたいと話しました。
一方で、自宅を拠点として制作に取り組み、国内でしか歴史の勉強をしてこなかったという風間さんは、先日ワルシャワに1週間滞在して博物館などを巡り、悲惨な歴史がいかに誠実に捉えられて、市民に学習してもらっているかに刺激を受けたと言います。そして、2020年のTCAAのサポートによるベルリンへの渡航に対して意欲を示しました。
国内の現代美術の中堅アーティストを対象とし、今後の更なる活躍を期待して贈られるTCAA。実際に受賞者が支援を受けるだけでなく、見落とされがちな「中堅」という層に光を当てるきっかけとなる、アワードの新たな試みと言えます。2021年、東京都現代美術館での展示を含め、長期的な成果への期待も高まります。