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おさんぽ神保町(神保町)

Next Tokyo 発見隊!

No.005

2006年に創刊した『おさんぽ神保町』。一つのまちに特化した情報誌にも関わらず、毎号4万もの発行部数を誇るフリーペーパーです。現在26号まで発刊。古書店を営む名店主のインタビューや食・お酒にまつわる連載のほか、カレーや文豪、建築などのテーマに沿ったお散歩特集など、どの号も神保町の魅力がぎっしりと詰まっています。制作費は広告料で賄い、15人ほどいるスタッフはみなボランティア。なぜ10年以上も続いているのでしょうか。編集長の石川恵子さんに話をうかがいました。


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2019.04.10

『おさんぽ神保町』の人気コーナー、巻末マップの取材の様子。神保町に軒を連ねる店舗のうち、70軒ほどが半年で入れ替わるという。このあと手分けして、マップ掲載エリアの店舗を1軒1軒しらみつぶしに調べていった

まちの人たちの熱量に背中を押されてスタート

「実は編集の勉強は一切したことがなかった」と話すのは、立ち上げから編集長を務める石川恵子(いしかわ・けいこ)さん。フリーペーパーを始めたきっかけとなったのは神保町の商店街で続いていた「神田すずらんまつり」でした。当時、神保町の隣町・九段下の製版会社で働いていた石川さんは、縁あってまつりの手伝いをし、商店街をはじめとする実行委員のみなさんの熱量に圧倒されたそうです。

編集⻑の⽯川恵⼦さんに、アートが楽しめるおすすめの書店をうかがった

「毎年5月に開催される『神田すずらんまつり』は、神田すずらん通り商店街の書店や飲食店、地域のボランティアが中心になって運営しているおまつりです。1990年代に計画された神保町の再開発で小さな取次店や印刷工場、製版屋などは立ち退きを余儀なくされ、代わりに大きなビルが建設されました。これでは丁寧で地道な仕事をしてきた人の職が奪われる。そこで近隣出版社の労働組合が立ち上がり、商店街と協力してこのまちを活気づけたいとはじまったおまつりです」

⽯川さんの仕事場

自分がやりたいだけではなかった

ところがその頃、まつりを支えていた人たちも高齢化し、このイベント自体を畳もうという話も出ていました。そこでこのおまつりに集う人たちの思いをつないでいきたい、と思った石川さん。
「私は群馬県の田舎町で育ちましたが、大きな本屋がなくて。でも、どうやら東京の神保町というまちには本屋がたくさんあるらしいと、子どもの頃に憧れていた記憶があります。社会人になり、上京もして、その頃の気持ちは忘れていたのですが、すずらんまつりに参加したことでその思いが再燃したこと、そして商店街の気概に押され、フリーペーパーの制作を提案しました」

⽯川さんおすすめの「アートな本屋」。1軒⽬は近代美術、陶芸、デザイン、作家の画集などアート全般の書籍を取り扱う「ボヘミアンズ・ギルド」。2階には⽵久夢⼆の作品集や版画を100種類以上置いている。「美術館よりももっと⾝近に作品を⼿にとれる場所です」(千代⽥区神⽥神保町1-1 ⽊下ビル1F・2F/TEL:03-3294-3300)

出版社や本屋の多い神保町ですが、それまでまちに根付いた定期刊行物はほとんどありませんでした。本のまちということもあり、冊子にして、読み物として楽しめるものを最初からイメージしていたそうです。

「創刊したとき、大型書店の社長に『先を越されたな』と言われました。いまにして思えば、何も知らなかったからできたのでしょう。それを受け入れてくれるまちの温かさを感じます」
はじめての編集作業に四苦八苦しながらも、まちの人たちにアドバイスをもらいつつ無事に創刊。以来13年間、神保町を歩き、まちの人の顔を見ながら、石川さんは丁寧に冊子をつくり続けています。
「やりながら勉強しているので、本当にこのまちに育ててもらっているなあと思います」

2軒⽬は神⽥古書センターの3階にある、動物や植物専⾨の古書店「⿃海書房」。「⽇本やヨーロッパなど国内外の博物画をバラで売っていて『おさんぽ神保町』で主催している『神保町アート散歩』というイベントでも⼈気です」(千代⽥区神⽥神保町2-3 神⽥古書センター3F/TEL:03-3264-4450)

まちとの相思相愛が育てたフリーペーパー

そんな石川さんですが『おさんぽ神保町』をはじめて7年ほど経った頃、出産を機に群馬に戻り、「もうやめようかな」と思ったこともあったそうです。そのとき商店街の関係者が群馬まで来て「『おさんぽ神保町』はやめるわけにいかないんだよ。石川さんがいなかったらやる人いないんだよ」と、すずらん通り商店街の理事長からの激励のメッセージを届けてくれました。
「私がやりたいだけで、みなさんはただそれに協力してくれている。そう思っていましたが、そうではなかったんだなと。それなら『やるしかない』と持ち直しました。続けていられるのは、まちの人に支えられていることと、仲間の存在です」
制作スタッフとして集まったボランティアは、石川さんからじわじわと神保町好きが伝播した仲間たち。学生から主婦、サラリーマンなどさまざまなスタッフが、編集、営業、地図制作など、怒涛の作業を担っています。

3軒⽬は絵本や児童書を取り揃える「ブックハウスカフェ」。併設する2つのギャラリーでは絵本の原画展を開催。閉店時間が早めの神保町では珍しく、カフェは23時までオープン。「絵本の専⾨店なのにお酒がのめて、昼と夜でお客さんの層が変わるのも⾯⽩いですね」と⽯川さん(千代⽥区神⽥神保町2-5 北沢ビル1F/TEL:03-6261-6177)

石川さんの目を通して見る神保町は、とても温かでおだやかな場所。そこで生業を営む人のまちへの愛と感謝が『おさんぽ神保町』から伝わります。
「神保町は一つの共同体。同じ業種なのに古書店同士も仲がいいんです。本を探すお客さんには『うちの店にはないけれど、あの店ならあるかも』と案内してくれたり。まち全体が一つの広大な図書館のようでしょう」
本のまち、というのはイコール趣味のまち。専門書店が多い神保町ならではの、懐の深さなのかもしれません。
最後に石川さんに、フリーペーパーを10年以上も発刊し続けてきた秘訣を伺いました。「神保町一筋で、ふらふらしなかったことですかね」。毎号の奥付には「この本に関わるすべての人に、ありがとう!」と書かれています。一途なまちへの思いから生まれ、まちが育てた『おさんぽ神保町』。次号の発行に向けて、石川さんは神保町を歩き続けます。

Text:佐藤恵美
Photo:中川周

おさんぽ神保町

[お問い合わせ]
『おさんぽ神保町』編集部
メール:info@osanpo-jimbo.com
電話:03-6315-0184
http://osanpo-jimbo.com

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