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伝説のアパートを「記憶」をもとに再現

豊島区立トキワ荘マンガミュージアム

イベント・レポート

No.045
豊島区立トキワ荘マンガミュージアム。手前の看板も再現されたもの

手塚治虫、藤子不二雄Ⓐ、藤子・F・不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫など、数多くの名立たるマンガ家が入居し、マンガの聖地と称された伝説のアパート、トキワ荘。1982年に解体されたアパートは、2020年7月に「豊島区立トキワ荘マンガミュージアム」としてよみがえり、新たなスタートをきりました。当時の住人の記憶や資料をもとにした情景再現展示やミュージアム設立の経緯などを取材しました。


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2021.03.31

マンガ文化を支えたアパート

木造2階建てのトキワ荘は戦後間もない1952年に建てられ、昭和の激動時代において、多くのマンガ家の生活と創作を支えてきました。

1981年の頃のトキワ荘。

撮影:向さすけ

最初に入居したマンガ家は手塚治虫。仕事場兼住居を探していた手塚は、先に住んでいた雑誌『漫画少年』の編集者・加藤宏泰の紹介で1953年に入居しました。その後、寺田ヒロオが、翌年には藤子不二雄Ⓐと藤子・F・不二雄、鈴木伸一が入居し、若手マンガ家が集住するアパートになっていきました。

豊島区立トキワ荘マンガミュージアム入り口
1981年頃のトキワ荘の玄関。

撮影:向さすけ

このトキワ荘を再現し、その文化を伝えていく目的でつくられたのが、豊島区立トキワ荘マンガミュージアム(以下、マンガミュージアム)です。広報を担当する北山奏子(きたやま・かなこ)さんはマンガ家たちの当時の暮らしについてこう話します。

「トキワ荘に住むマンガ家の多くは地方出身者で、『ライバル』というよりも『仲間』という意識が強かったそうです。本の貸し借りやレコードプレーヤーを一緒に買うなど物の共有をはじめ、仕事が決まったらみんなで喜ぶ、〆切に間に合わなかったらみんなで助けるといった、温かいエピソードが多く残っています。」

マンガがいまほどの市民権を得ていない時代。地方から上京してきたマンガ家たちは、ここで切磋琢磨しながらマンガ文化とその可能性を切り拓いていきました。

マンガミュージアムの北山奏子さん
マンガミュージアム2階
1981年頃のトキワ荘の廊下。

撮影:向さすけ

エピソードを具現化していく

マンガミュージアムは、実際のトキワ荘のあった場所から徒歩3分ほどの公園内にあります。当時の生活の様子を再現しながら、ゆかりのマンガ家にちなんだ企画展、インタビューや年表などの資料を展示しています。来館してまず驚くのは、その再現性の高さです。新しい建物にもかかわらず、ところどころみられる金属のサビ、時間が経って色がくすんだ壁や、使い込まれたような水回りの汚れや道具など、年季が入った生活空間が再現されています。

マンガミュージアムの共同炊事場
1981年頃のトキワ荘の共同炊事場。

撮影:向さすけ

「ここはトキワ荘が竣工してから10年が経過したという設定で、『エイジング』という演出をしています」と北山さん。入り口を入って最初にあらわれるのは、当時の写真をもとに再現された階段です。一段上がるごとに、古い木造住宅のようにギシギシと音がしますが、あえて音が鳴るよう工夫しています。

2階には、トキワ荘のあった街の歴史を紹介する常設展示室のほか、4畳半の9つの部屋と便所や共同炊事場があります。各部屋では、トキワ荘の歴史やマンガ家の暮らしを紹介。入居していた山内ジョージや水野英子などの部屋を再現しています。

石ノ森章太郎のアシスタントだった山内ジョージの部屋(18号室)。石ノ森の集めていたアニメのフィルムやミステリー小説などが置かれている。暖房代わりに使った火鉢もある

これらはすべて、当時の入居者だった鈴木伸一、水野英子、よこたとくお、山内ジョージらの証言や資料などのリサーチをもとに、学芸員、建築チーム、美術チームらの協働によって制作されました。当時の図面が残っていないため、入居者へのインタビューや、マンガに描かれた絵、数少ない写真資料、唯一残されていた天井の部材などをたよりに、設計図を起こし、内装を再現しました。

「たとえば山内ジョージ先生は学ランを着て上京をしたというエピソードから、部屋には学ランが壁にかけてあるように、実際に住んでいた先生方のお話をもとに小道具や装飾などを施しています。また、瓦屋根や壁の色は、何種類かのサンプルをつくり入居していた方々に見てもらうなど、さまざまな方法で当時の記憶に近づけています。」

実際に人が住んでいるような気配や温かみまで感じられるのは、こうした丁寧な再現プロセスによるものでしょう。

トキワ荘ゆかりのマンガなどが壁一面に展示されたマンガラウンジ。マンガ史年表や当時をたどる入居者のインタビュー上映も
マンガ家が使用する道具も展示されている

マンガ家たちが過ごした街

昭和時代のトキワ荘の暮らしを伝えるのは、マンガミュージアムに限りません。ミュージアムのある南長崎花咲公園を出てトキワ荘通りを歩くと、トキワ荘跡地をはじめ、風呂のないトキワ荘の住人たちが通った銭湯「鶴の湯」の跡地や、多くのマンガにも登場し、今も営業する中華料理店「松葉」、約6,000冊のマンガを読むことができる「トキワ荘マンガステーション」などがあり、マンガ家たちが過ごした街の生活をたどりながら、散策することができます。さらに、西武池袋線の椎名町駅から東長崎駅の周辺一帯には、トキワ荘で生まれた作品のキャラクターモニュメントも点在しています。赤塚不二夫がトキワ荘を出たあとに住んだアパート「紫雲荘」は現存し、今は若手マンガ家のシェアハウスとして利用されています。

かつて多くのマンガ家たちが行き交った商店街。現在は「トキワ荘通り」と呼ばれる
再現された共同炊事場には、ジュースやビールの空き瓶に混じり、「松葉」のラーメン丼もみられる

この「マンガのまち」をつくりあげてきた背景には、地域住民の強い思いがありました。トキワ荘解体後、南長崎地域の商店会や町会など、まちの有志たちが豊島区に呼びかけ、2009年に南長崎花咲公園内に記念碑「トキワ荘のヒーローたち」が設置されます。さらに2011年には、地域住民と行政も含めたメンバーで「トキワ荘通り協働プロジェクト協議会(現・トキワ荘協働プロジェクト協議会)」を発足。モニュメントの設置や、観光案内と展示の機能などをもつ「トキワ荘通りお休み処」を開設しました。長年にわたるまちの思いと行動が積み重ねられ、ミュージアムの設立につながっています。

トキワ荘があった椎名町の歴史を紹介する常設展示室も

長年の住民の思いが結実した豊島区立トキワ荘マンガミュージアムは、地域が共有している記憶を大切に保存するタイムカプセルとして、訪れる人に不思議な郷愁を体験させる場所となっています。地域と一体になって愛される、あたらしい形式のミュージアムともいえそうです。

Text:佐藤恵美
Photo:中川周

豊島区立トキワ荘マンガミュージアム
住所:東京都豊島区南長崎3-9-22南長崎花咲公園内
電話:03-6912-7706
開館時間:10:00-18:00(入館は17:30まで)
休館日:月曜(祝日の場合は翌平日)、年末年始、展示替え期間
入館料:特別企画展開催期間中は有料
https://tokiwasomm.jp/

※トキワ荘マンガミュージアム紹介VTR
https://www.youtube.com/watch?v=huBpYMOs2n0
(豊島区公式Youtubeチャンネル「としまななまるちゃんねる」より)

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