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イベント・レポート
No.015
小林照子×藤原えりみトークショー 「アート×ビューティー〜日本人にとっての“美しさ”とは?〜」(前篇)

日本におけるメイクアップアーティストの草分け的存在であり、「からだ化粧」の考案者としても知られる小林照子さんをゲストに迎え、美術ジャーナリストの藤原えりみさんがナビゲーターを務めたトークショーが、5月28日、日比谷図書文化館で開催されました。西洋と日本の絵画を題材に、お二人それぞれの視点からアートとビューティーについて語っていただいたその模様を、2回にわたりご紹介します。


「からだ化粧」とボディペイントの
根本的な違いとは

絵画のスライドを見ながら美について語る小林照子さん(右)と藤原えりみさん(左)
絵画のスライドを見ながら美について語る小林照子さん(右)と藤原えりみさん(左)

藤原:まず「からだ化粧」についてお話をうかがいたいのですが、いわゆるボディアートやボディペインティングとはまったく発想が違うんですね。どういうことを心がけて制作をなさっているのか、そこからお聞かせいただけますか?

小林:私は59年前に20歳でこの世界に入り、35〜6年前から「からだ化粧」という作品をつくっています。顔というのは本当に面白いもので、人は自分の顔の魅力を知らない。でも周りの人は知っているんです。その魅力をメイキャップで引き出す。それが顔から全身へと発展して「からだ化粧」が生まれました。どんな絵を描くかは、モデルのからだと向き合うまでは漠然としたイメージしか持っていません。からだにスキンケアをしたり、ファンデーションを塗ったり、手で化粧を施していくうちに、「ここに描いて」「ここを締めて」とからだが教えてくれるんですね。それに従って手を動かして行くと、からだが本当にきれいになっていくんです。

一人ひとりのからだにインスパイアされてつくり出す「からだ化粧」より、《蓮華》
撮影=藤井秀樹
一人ひとりのからだにインスパイアされてつくり出す「からだ化粧」より、《蓮華》 撮影=藤井秀樹

藤原:今のお話でボディアートとは違うと感じた理由がわかりました。先生は、人間のからだの起伏や筋肉、皮膚の下に流れる血液などを手で確認して描いていらっしゃるんですね。だから私は先生の「からだ化粧」を拝見していると、風景を見ているような気がするんです。ボディアートは、人と社会の関係の中から生ずるものを、からだの表面に手を加えることで顕在化する。つまり、からだから主体的に生まれたものではないんです。「からだ化粧」の発想とは逆ですよね。

小林:なるほど、私もとても腑に落ちました。キャンバスに描くのではないので、私は画用紙には絵を描けないんですよ。からだにしか描けない。だから芸術家じゃないんです。

藤原:私には、人間の個人的な意思の中で組み上げられているものを形にすることだけがアートだとは思えないんです。画家のパウル・クレーが、「画家の仕事は木のように地面から栄養を吸い上げ、葉を茂らせ、花開かせて行くことだ」と言っていますが、体内にめぐっているエネルギーを引き出して作品をつくり上げる先生のお仕事は、そのイメージにとても近い。やっぱりアーティストなんですよ。


美術作品に見るミステリアスな顔相と
美の黄金バランス

藤原:先生がこのお仕事を始められた頃、メイクアップの世界では美の基準は常にヨーロッパにあり、それは《ミロのヴィーナス》に象徴されていたそうですね。

小林:戦後のファッション&ビューティーの業界全体が背伸びして西洋を見ていた時代でしたから、こういうゴールデンプロポーションが基準だったんですよ。

藤原:文学や美術においても、欧米を常に手本とする。そういう時代でしたね。《ミロのヴィーナス》は、実際にからだも顔もすべてプロポーション化されていて、理想のバランスで組み上げられていると言われています。

小林:当時は、目の間隔とか顔のパーツ間を物差しで測り、基準値に照らし合わせて化粧を教えていたんです。だってテキストのタイトルが「欠点修正法」ですから(笑)。人の顔を見たら、まず欠点を探すわけです。でもそうすると、みんな欠点だらけなんですよ。こんなヴィーナス像のように整った顔の日本人はいませんから。それを化粧で補正するので、みんなハンコで押したような同じ顔になってしまう。私はそれに反発したんです。

レオナルド・ダ・ヴィンチ《モナ・リザ》1503‐05年頃
ルーヴル美術館蔵
レオナルド・ダ・ヴィンチ 《モナ・リザ》 1503‐05年頃
ルーヴル美術館蔵

藤原:《モナ・リザ》も参考にされるそうですね。

小林:私は人のイメージを「モナ・リザみたい」と表現することがあります。たとえば《モナ・リザ》のように眉が薄いと、感情がわかりづらいんです。眉は感情を表現する重要なツールなので、眉毛がどういう方向にあるのかわからない場合は非常にミステリアスになる。《モナ・リザ》は、西洋人なのか東洋人なのかわからないし、若いのか年配なのか、さらに言えば男か女かもわからない。《モナ・リザ》のこの顔と雰囲気は、まさにそういう中庸のイメージ。顔の中に複数のイメージを持っているんです。

藤原:《モナ・リザ》のモデルは、ダ・ヴィンチ本人とか、母親とか、いろいろ言われていますが、実際に、この絵のように、いくつもの顔相を備えている方がいるんですか?

小林:いますね。そういう人は、美の基準の中からさまざまな魅力、個性としてのイメージが放射状にパーッと膨らみます。

理想の美しさと、ありのままの美しさ

藤原:長いことヨーロッパでは、古代ギリシャ神話のヴィーナスがヌードを描く口実になりました。サンドロ・ボッティチェリの《ヴィーナスの誕生》やルーカス・クラーナハ(父)の《ヴィーナスと蜂蜜を盗むキューピッド》、ピーテル・パウル・ルーベンスの《三美神》などがそうですね。ルーベンスの描くヴィーナスが肉感的で迫力あるヌードであるのに対して、クラーナハのヴィーナスは胸が小さくてスリム。時代は少し違いますが、対照的なプロポーションで描かれているところが面白いと思います。19世紀になると、神話や聖書の寓意的解釈を主題としないヌードも描かれるようになります。フランシスコ・デ・ゴヤの《裸のマハ》やドミニク・アングルの《グランド・オダリスク》は有名ですね。

小林:私はファッションのお仕事を写真家と一緒にすることが多かったのですが、モデルにポーズをさせる時、写真家はこういう美術作品をいろいろ参考にするんです。私も、あるタレントさんの写真集で「からだ化粧」を施した時、《グランド・オダリスク》のポーズをとっていただいたことがあります。その方は肌がとてもきれいで、当時すでに50代でしたが、この絵より美しかったですよ。

ジャン・オーギュスト・ドミニック・アングル《グランド・オダリスク》1814年
ルーヴル美術館蔵
ジャン・オーギュスト・ドミニック・アングル 《グランド・オダリスク》 1814年
ルーヴル美術館蔵

藤原:実際にこのポーズをとるのって大変ですよね。

小林:こんなに上体はねじれませんね。その写真集の撮影の時も、カメラマンが「もうちょっとひねって」と言っていましたが、できないんですよ。

藤原:美術って、リアルに見えて、実は違うんですよね。《モナ・リザ》も、まったく同じポーズはとれません。額と胸の正中線がずれているんですよ。実際には、両肩と顎の位置関係はああいう風にはならない。自然なポーズに見えるけれども、実際はそうではないところが美術の面白さでもあります。この《グランド・オダリスク》も発表された時、脊髄がひとつ多いんじゃないかと言われたくらい、批判はあったらしいんです。腕も妙に長いですしね。

小林:私、木彫りの彫刻を習っているんですが、その先生が時々おっしゃるんです。「ここはとても正確に彫れているけれど、少し嘘をついてください」と。つまり、正確であることも大事だけれど、少し嘘をついた方が美しく見えたり、制作意図が伝わったりすることがある、ということだと思うんです。そこが美術の面白さだという今のお話をうかがって、まさにそうだなと思いました。

藤原:それまで理想のプロポーションで描かれていた裸婦像は、次第に目の前にいる人のありのままの美しさや生命感を捉えたものに変わっていきます。ドガやルノワールの絵はまさにそうですね。ゴーギャンにいたっては、《ミロのヴィーナス》の基準とはまったく違いますし、しかも西洋人ではない女性を描いています。

小林:ゴーギャンの絵に出てくる女性は、私の印象分析では非常に野性的で強いイメージです。こういう人が小花柄やフリルがついていたりする可愛い装いをしてしまうと、すごくちぐはぐになってしまう。強い顔をしている人には強いものが自然で、華やかな人には華やかなものが自然なんですよ。そのほうが、その人本来の美しさが際立ちます。

藤原:西洋絵画の最後にご紹介するのは、バルテュス。先日、展覧会をご覧になったそうですが、いかがでしたか?

小林:とても面白いと思いました。私は美容家を育てる高等学校も運営しているのですが、入学してくる15歳くらいの子が、まさにバルテュスが描く少女のイメージなんですよ。すごく自信があって、精神的に強くて、それが顔や肉体にも表れている。皮膚も成長期さなかのエネルギーをもっているし、少女特有の強さがあるんですね。バルテュスは、その強さにものすごく惹かれていたのではないかと思うんです。心を打たれているんじゃないかと。

藤原:そうなんですよ。少女の中に聖なるものを見ているのだと思うんです。画集だと何が描かれているかしか見えないので、すぐ誤解されてしまうんですが、実際に作品を見るとわかりますよね。マチエール(絵肌の質感)もすごいですし。そういうものに触れると、画集では見えないものが見えてくるのではないでしょうか。

次回は、日本絵画を題材に日本人にとっての”美しさ”とは何かに迫るトークショーの後半をお届けします。

インタビュー・文/杉瀬由希

 
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