東京のアートシーンを発信し、創造しよう。

MENU
MENU

美少女幽霊からたどる日本の幽霊画表現

江戸アートナビ

No.005
江戸アートナビ5

江戸絵画の専門家・安村敏信先生と一緒に、楽しく美術を学ぶコラム「江戸アートナビ」。今回は、夏といえば幽霊! ということで、暑い夏を吹き飛ばす恐ろしい幽霊画……ではなく、煌めく星空をバックにジッとこちらを見つめる不思議な美少女幽霊を紹介。本作から、日本絵画における幽霊画の源泉を探ります。Point 1. 《上野清水堂不忍ノ池》は西の名所に見立てられた景色!?


監修/安村敏信氏

Share
2014.08.10

Point.1 ロマンチックな幽霊画から過去にさかのぼる

江戸アートナビ5
作者不詳《幽霊図》制作年不詳 国⽴歴史⺠俗博物館蔵

――これは江戸時代の絵ではないですよね……

大正時代くらいに描かれたものでしょう。幽霊画の全盛期は江戸時代ですが、明治・大正時代も結構描かれています。ただ、背景を黒で塗りつぶすのは珍しい。日本の絵は、空をあって無きものにしてきたから、夜だろうと空を真っ黒することはなかったんです。

そんな中、葛飾北斎(かつしかほくさい)は、黒バックの絵を読本挿絵に残しています。北斎の娘のお栄さん(葛飾応為/かつしかおうい)もその表現を踏襲していて、メナード美術館の《夜桜美人図》は、この《幽霊図》のように暗闇に星をちりばめ、なんと星の等級まで描き分けています。当時、オランダからもたらされた天文学を、夜空の表現に使ったんだね。

《幽霊図》にはこういった型が源流にあって、大正期にロマンチックな絵で人気を博した竹久夢二(たけひさゆめじ)が出てきた後くらいに描かれたんじゃないかな。イラストのようなタッチで、一見少女のようなんだけど、よく見ると結構年くってるんだよね。口元なんかショボッとなっててさ。だけどまあ、美人ということは確かでしょう。

Point.2 もともと幽霊には足があった!?

――この絵のように「美人で足がない」のが幽霊画の定番なんですね。

いやいや、“ある絵”が評判になるまでは、幽霊にも足はあったんです。例えば、鎌倉時代に描かれた《北野天神縁起絵巻》。怨霊になって現世に復讐することをお坊さんに訴える菅原道真(すがわらみちざね)は、衣冠束帯(いかんそくたい)の姿で完全に足があります。近世だと、岩佐又兵衛(いわさまたべえ)の描いた《山中常盤物語絵巻》もそう。盗賊に殺された常盤御前が、幽霊になって息子である牛若丸の前に現れる場面があるんだけど、やっぱり足がある。

では、いつ足がなくなったのか。国文学の先生の説によると、寛文13(1673)年に出版された『花山院きさきあらそひ』という物語の挿絵が、足のない幽霊のいちばん早い例だと考えられています。確かに、下半身が消えているんだよね。このように、物語の絵の中や版本の中に幽霊は描かれてきたわけですが、掛軸には描かれてこなかった。では、誰が掛軸に幽霊画を描き始めたのか。この人の描いた絵が、日本の幽霊画の特色になっているんだけどね。

Point.3 足のない幽霊のイメージを定着させた、円山応挙の幽霊画

江戸アートナビ5

――先に答えが出てしまいましたが、それが応挙の幽霊画なんですね。

円山応挙(まるやまおうきょ)は、あるものを写実的に描くことを売りにしていた絵師です。あるものしか描かない絵師に、この世に存在しない幽霊を描くよう頼んだ注文主がいたってことが面白いよね。応挙はどんな幽霊にするかいろいろ考え、まず美人画をもとにした。それから死者が身につける白い着物を着せ、そして幽霊がヒュッと出てくるような浮遊感を出そうとして、足を消したんだろうね。以降、足のない幽霊画がたくさん描かれるようになり、それが日本の幽霊のイメージとして定着していったというわけです。

Point.4 怪談ブームとともに発展した幽霊画のヴァリエーション

江戸アートナビ5

応挙風の幽霊画が流行する一方、もっと怖い幽霊にしてやろうとか、男の幽霊を描いてやろうとか、いろいろな幽霊画が生まれたのも江戸時代。その背景に、当時流行した「百物語」という怪談会があります。これは怪談を話せる人が寄り集まって、ひとり話をしてはロウソクを1本消していき、最後の100本目が消えると、恐ろしいことが起きるというもの。

幽霊画は、百物語を主催する亭主の家のお座敷に掛けられていたんでしょう。それで怪談会が始まる前に、集まった人たちが絵を見て「お、美人だな」とか言うわけです。すると、次に怪談会をやる人は「あれよりもっとスゴイものを出してやろう」と、絵師に注文を出す。こうして、様々な幽霊画が描かれていったんだね。歌舞伎で上演された『四谷怪談』のお岩さんや『皿屋敷』のお菊さんなどは、浮世絵に多く描かれています。

ちょうど8月は、谷中の全生庵で、噺家・三遊亭円朝(さんゆうていえんちょう)ゆかりの幽霊画のコレクションが公開されているので、行ってみるといいでしょう。円山応挙から、柴田是真(しばたぜしん)、伊藤晴雨(いとうせいう)、河鍋暁斎(かわなべきょうさい)などの幽霊画がズラッと並べられていて、ヒンヤリしますよ。

――8月31日(日)までに行ってみようと思います。さて、次回は美少女に続き美少年に注目。浮世絵に登場する女形の魅力に迫ります。お楽しみに!

監修/安村敏信(やすむら・としのぶ)

1953年富山県生まれ。東北大学大学院博士課程前期修了。2013年3月まで、板橋区立美術館館長。学芸員時代は、江戸時代の日本美術のユニークな企画を多数開催。4月より“萬美術屋”として活動をスタート。現在、社団法人日本アート評価保存協会の事務局長。主な著書に、『江戸絵画の非常識』(敬文舎)、『狩野一信 五百羅漢図』(小学館)、『日本美術全集 第13巻 宗達・光琳と桂離宮』(監修/小学館)、『浮世絵美人解体新書』(世界文化社)など。

公式アカウントをフォローして
東京のアートシーンに触れよう!