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江戸のファッションリーダーは男の娘だった!?

江戸アートナビ

No.006
江戸アートナビ6

江戸絵画の専門家・安村敏信先生と一緒に、楽しく美術を学ぶコラム「江戸アートナビ」。今回は、浮世絵に描かれた美人に注目。華奢な手足に、たおやかなたたずまいはどう見ても女性ですが、描かれているのは当代きっての女方、2代目瀬川菊之丞(せがわきくのじょう)、つまり男性です。1枚の絵から、なぜ女方が生まれたのか、彼らはどんな存在だったのかを紐解きます。


監修/安村敏信氏

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2014.09.06

Point.1 歌舞伎の変遷と女方の誕生

江戸アートナビ6
⼀筆斎⽂調 《2代⽬瀬川菊之丞の柳屋お藤》 東京都江⼾東京博物館蔵

――よく考えたら、役者絵の女の人って実は全部男の人なんですよね……。

歌舞伎役者は全て男性ですからね。もちろん、最初からそうだったわけではありません。みなさんご存知の通り、歌舞伎の歴史は今からおよそ400年前、出雲阿国(いずものおくに)の“かぶき踊り”に始まると言われていて、最初は女性が中心でした。ところが、女歌舞伎は遊郭の女性たちが踊っていたこともあって、舞台外の交流でいろいろと問題を起こすんです。十代の美少年が演じる若衆歌舞伎もありましたが、若衆は女性からも男性からも人気があり、さらに風紀を乱すようになります。困った幕府は、これらの歌舞伎に対して禁止令を発令。女性が舞台に出られなくなり、若衆も舞台に立てなくなったところで登場したのが、成人男性からなる野郎歌舞伎というもの。ここで、女を専門に演じる女方が生まれた、というわけです。

若衆であれば女を演じても絵になったと思いますが、野郎が急に女になるのは大変なことだったでしょう。彼らは、女になりきるために舞台の上だけでなく、日常生活も女として暮らしました。元禄時代以降の女方は、女性以上に女を表現できるようになったと考えられています。ここで押さえておきたいのは、「表現された女」=「男の目から見た女」だということ。女方に投影されているのは、男性が女性に求める女らしさなんです。だから、舞台を見た男衆は、女方にホントに惚れてしまったわけ。奥方たちも、自分たちにない女らしさに見惚れてしまったようです。

Point.2 役者絵における美人の描かれ方

――それにしてもこの絵は、どう見ても女性にしか見えません……。

いくつか理由があるんですが、まずこの《2代目瀬川菊之丞の柳屋お藤》は、明和6(1769)年に上演された歌舞伎『容観浅間嶽(すがたみあさまがたけ)』の一場面が描かれています。そもそも2代目瀬川菊之丞という役者がものすごく美人で、大評判をとる女方でした。その菊之丞演じる柳屋のお藤も実在する浅草の楊枝屋の看板娘で、笠森稲荷の水茶屋鍵屋のお仙とともに江戸の二大美人なんて言われています。当代きっての女方が、江戸で1、2位を争う美女を演じているので、まあ、絵師も理想化して描いているんでしょう。

特に作者の一筆斎文調(いっぴつさいぶんちょう)は鈴木春信(すずきはるのぶ)の影響を受けていて、非常に概念的な美人を描く絵師です。春信の描く人物に男女差が見られないように、文調の菊之丞も男か女かわからない。菊之丞の顔も実物とはだいぶ違うでしょう。文調の次の世代、勝川春章(かつかわしゅんしょう)あたりから似顔絵の要素がプラスされて、歌川豊国(うたがわとよくに)なんかはちょっとキレイに描いていたのに、東洲斎写楽(とうしゅうさいしゃらく)は女方でも男にしか見えない。理想化しないとひどいことになる、というのがよくわかります(笑)。

Point.3 ファッションリーダーとして活躍

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――いろんな女方がいたようですが、瀬川菊之丞は人気者だったんですか?

菊之丞には“路考(ろこう)”という芸名もあって、舞台で身に付けていた着物の色は“路考茶”、髪型は“路考髷(ろこうまげ)”、帯の結び方は“路考結び”なんて言われて、江戸の女性たちの間で大流行したようです。“路考茶”と言われてどんな色かピンと来る人は少ないかもしれませんが、今でも石畳のような格子模様のことを“市松模様”と言いますよね。実は、これは佐野川市松(さのがわいちまつ)という歌舞伎役者が着ていた袴の模様に由来しています。彼らの身に付けていたものが女性たちの憧れの的になっていたことから、江戸のファッションリーダーは女方、実は男性だったというのが面白いですね。

余談になりますが、江戸の女性たちのファッションや化粧については、文化10(1813)年刊行の『都風俗化粧伝』を読んでみるといいでしょう。鼻を高く見せる方法とか、小顔にする化粧とか、今の女性と同じことを望んでいたんだなということがわかります。どんな風にしていたのか?その方法は、読んでからのお楽しみということで。

江戸アートナビ6

監修/安村敏信(やすむら・としのぶ)

1953年富山県生まれ。東北大学大学院博士課程前期修了。2013年3月まで、板橋区立美術館館長。学芸員時代は、江戸時代の日本美術のユニークな企画を多数開催。4月より“萬美術屋”として活動をスタート。現在、社団法人日本アート評価保存協会の事務局長。主な著書に、『江戸絵画の非常識』(敬文舎)、『狩野一信 五百羅漢図』(小学館)、『日本美術全集 第13巻 宗達・光琳と桂離宮』(監修/小学館)、『浮世絵美人解体新書』(世界文化社)など。

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