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東京の静寂を探しに
No.002
浜離宮恩賜庭園〈後編〉

2020.10.21

広々とした芝生と青空が広がる浜離宮恩賜庭園 写真は櫛引典久『東京旧庭』(2020年、玄光社)より 広々とした芝生と青空が広がる浜離宮恩賜庭園
写真は櫛引典久『東京旧庭』(2020年、玄光社)より

高層ビルを借景に、大自然の息吹や歴史を感じさせる浜離宮恩賜庭園。長らく将軍家の庭園として整備され、明治時代に皇室の離宮として使用、昭和に東京都に下賜されて今に至ります。浜離宮恩賜庭園の位置する汐留・新橋地域も、時代によってその姿と役割を変えてきました。後編では、汐留・新橋地域の移り変わりを見ていきます。

お話:田中実穂(東京都江戸東京博物館学芸員)
協力:東京都公園協会

大名屋敷の立ち並ぶ海沿いの地、汐留

浜離宮恩賜庭園(以下、浜離宮)は中央区にあります。築地や銀座にも近く、少し歩いた新橋駅あたりからは港区です。四方を東京湾や築地川、汐留川といった水辺に囲まれ、北側の大手門橋もしくは西側の中の御門橋を渡って入園します。
1850(嘉永3)年発行の「江戸切絵図 芝口南西久保愛宕下之図」に、浜御殿(浜離宮)と周辺の様子が描かれています。今から170年前の江戸と現在の東京を見比べてみましょう。南側の海が埋め立てられていますが、その形と大きさ、水辺に囲まれたロケーションは概ね変わっていないことがわかります。
浜御殿の西側、芝口一丁目から浜松町四丁目まで南北に走る道が、現在の第一京浜、国道15号線(旧東海道)になります。芝口橋の南側あたりに現在の新橋駅があります。その上に水路と溜池が見えますが、こちらは現在埋め立てられています。これが外堀通りで、そこを西に歩いて行くと虎ノ門、そして今はなき溜池に至ります。地下鉄の溜池山王駅の「溜池」ですね。浜御殿の西側にある川も埋め立てられて、高速道路が通っています。南に紀伊殿(きいどの)とあるのが旧芝離宮恩賜庭園ですが、当時とは園の面積が異なります。

「江戸切絵図 芝口南西久保愛宕下之図」1850(嘉永3)年 出典:国立国会図書館

現在の地図 出典:国土地理院 上:「江戸切絵図 芝口南西久保愛宕下之図」1850(嘉永3)年 出典:国立国会図書館
下:現在の地図 出典:国土地理院

浜御殿は古くは将軍家の土地でしたが、その周囲には大名屋敷が多く建ち並んでいました。川を挟んで向こう側に、南から松平肥後守(会津藩)の中屋敷、松平陸奥守(仙台藩伊達家)の上屋敷、そして脇坂淡路守、現在の兵庫県たつの市にあった龍野藩の上屋敷と続きます。この大名屋敷が並んでいる地域は現在、カレッタ汐留やテレビ局などがある巨大複合都市の汐留シオサイトとなっています。シオサイトが建設される前に東京都埋蔵文化財センターによる発掘調査が行われましたが、大名屋敷の遺構としてさまざまなものが発掘されました。その一つに、土留めがあります。屋敷地が海に面していますので、海の波に洗われて土地が浸食されていくんですね。それを抑えるためのもので、木を編んだベースに土を固めて貝で補強しています。
この土留めが「汐留」という地名の由来となっています。堤防で汐(海)を留めている場所、地形をそのまま地名としています。
土留めの実物の一部は、江戸東京博物館の常設展示室でみることができますよ。

鉄道発祥の地、新橋

この汐留の地は、日本初の鉄道が開通した土地でもあります。1872(明治5)年に横浜、品川、新橋を結ぶ鉄道が敷かれ、新橋停車場、初代の新橋駅ができました。旧新橋停車場 鉄道歴史展示室は初代新橋駅の駅舎のファサードを復元したもので、再現された線路や0マイル標識を見ることができます。現在の新橋駅は2代目で、以前は烏森(からすもり)駅と呼ばれていました。今も烏森神社があり、烏森口という名もあります。当時は海に面して松が植えられ、そこにカラスがたくさんいたことから「烏森」と名が付きました。
新橋駅は東京の鉄道の玄関口でした。そのため、青雲の志を抱いて地方から上京してきた若者が大勢いたことでしょう。夏目漱石『三四郎』(1908)でも、主人公は九州から鉄道を乗り継いでここに降り立つんですよね。やがて1914(大正3)年に中央停車場、現在の東京駅ができるに及んで、新橋駅はセントラルステーションの座を譲ります。旅客取扱いの駅は烏森に移り、初代の新橋駅は汐留駅と改称して貨物専用の駅になりました。明治・大正・昭和と活躍していましたが、だんだんと車による運送が主流になってきたために、1986(昭和61)年に貨物の駅としての役割を終えます。平成に入ってから汐留貨物駅跡地の再開発が始まり、2002(平成14)年に汐留シオサイトが誕生。そして、都営地下鉄大江戸線や新交通システムのゆりかもめの駅として汐留駅が開業します。

点在する将軍家の痕跡

「江戸切絵図」をよく見ると、浜御殿には周囲の大名庭園とは違う特徴が見られます。北西側の角にある表御門が黒い線で四角く囲ってありますよね。ここは現在の大手門口で、黒い線は石垣を表しています。このように石垣で四角く囲まれた空地を升形(ますがた)と言って、敵を足止めする役割を持っていました。城の入口と同じ構造になっています。江戸城に敵が攻め込むことはありませんでしたが、有事の際にはここに一旦敵を追い込んで、ここで殲滅させる形をとっています。単なる大名庭園とは異なり、将軍家の庭園兼出城としての役割を担っていました。当時は大手門の石垣の上に、江戸城の御門と同じように渡櫓(わたりやぐら)が乗っていました。

将軍家にまつわる痕跡が残っているのは、浜御殿だけではありません。
1654(承応3)年にこの海辺の広い土地を拝領した徳川綱重ゆかりの場所が、浜御殿の南西に位置する増上寺にあります。綱重は4代将軍家綱の弟でしたが、将軍になることなく35歳の若さで亡くなってしまいます。将軍家に近しい人物であったので、その御霊は将軍家の菩提寺である増上寺の境内に祀られました。「江戸切絵図」を見ると、増上寺の境内に御灵屋(おたまや)という文字がいくつか書き込まれています。これらは将軍家の魂を祀るための建物「御霊屋」です。残念なことに御霊屋は、太平洋戦争時の空襲ですべて焼失してしまいます。増上寺に行くと手水舎に使われている建物があるのですが、これは綱重の御霊屋の遺構の一部です。言われなければ気付きませんが、ずいぶん贅沢な使い方ですよね。
また11代将軍の家斉と浜御殿に関する史跡が、品川にあります。1798(寛政10)年、品川沖にて鯨が捕らえられました。その話を聞いた家斉の希望により鯨が浜御殿まで運ばれましたが、かなり弱っていたそうです。ですから、将軍がご覧になった後は解体して品川に戻し、洲崎弁天神社の境内に埋めて鯨塚がつくられました。その神社は京急線北品川駅の近くにあり、現在は利田神社(かただじんしゃ)と変更されていますが、鯨塚と鯨のオブジェがあります。こうした離れた土地にも、浜御殿におけるエピソードを伝える史跡が残っています。

増上寺 水盤舎 (徳川綱重霊廟遺構) Photo: 田中実穂

品川区利田神社前の公園にある鯨のオブジェ Photo: 田中実穂

左:増上寺 水盤舎 (徳川綱重霊廟遺構)
右:品川区利田神社前の公園にある鯨のオブジェ
ともにPhoto: 田中実穂

浜離宮のある汐留・新橋周辺には大名屋敷や増上寺といった建物が集まっていました。明治時代の鉄道開通や平成の再開発を経て、今では大企業の高層ビル群や大型商業施設などが林立し、鉄道や高速道路が走る近代的な風景へとすっかり様変わりしています。そんな現代的な風景のなかにも、よくよく見ると自然地形の名残や、江戸時代や明治時代の歴史的痕跡が多く残っているエリアです。歴史を知ることにより風景を見る目に奥行きが出てきます。
そんな目覚ましい変化を遂げた汐留・新橋において、浜離宮恩賜庭園は水辺に面した立地や広大な面積を保持しながら、現代まで存在し続けてきたのです。

高層ビルと花畑のコントラストが特徴的な景観 『東京旧庭』より 高層ビルと花畑のコントラストが特徴的な景観
『東京旧庭』より

藤棚やツツジなど、一年を通じて色とりどりの花々が来園者の目を楽しませてくれる 『東京旧庭』より 藤棚やツツジなど、一年を通じて色とりどりの花々が来園者の目を楽しませてくれる
『東京旧庭』より

〈完〉

構成:浅野靖菜
Photo:櫛引典久

浜離宮恩賜庭園

住所:東京都中央区浜離宮庭園1-1
開園時間9:00-17:00(入場は16:30まで)
休園日:年末年始
入園料:一般300円、65歳以上150円
https://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index028.html

櫛引典久(くしびき・のりひさ)

写真家。青森県弘前市出身。大学卒業後、ファッションビジネスに携わり、イタリア・ミラノに渡る。現地で多分野のアーティストたちと交流を深め、写真を撮り始める。帰国後は写真家としてコマーシャル、エディトリアルを中心に活動。著名人のポートレート撮影を多数手がけ、ジョルジオ・アルマーニ氏やジャンニ・ヴェルサーチ氏のプライベートフォトも撮影。都立9庭園の公式フォトグラファーを務めたのを機に、ライフワークとして庭園の撮影を続ける。第6回イタリア国際写真ビエンナーレ招待出品。第19回ブルノ国際グラフィックデザイン・ビエンナーレ(チェコ)入選。

田中実穂(たなか・みほ)

東京都江戸東京博物館学芸員。特別展「花開く江戸の園芸」を担当。江戸時代の園芸をはじめ、植物と人間との関わりをテーマとした講座や資料解説を手掛ける。また、都内における庭園の成り立ちを周辺地域の特徴から考える講座「庭園×エリアガイド」を行う。
講座の詳細については、江戸東京博物館ホームページ https://www.edo-tokyo-museum.or.jp/event/culture/ をご覧ください。

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