
山下洋輔「ピアノ炎上2008」より
「荒野のグラフィズム:粟津潔展」関連企画
2008年3月8日 石川県志賀町(能登リゾートエリア増穂浦)
撮影:中道淳/ナカサアンドパートナーズ
提供:金沢21世紀美術館
夕暮れの情景と観客がおさまってひとつの絵画になる
35年前に燃えるピアノを演奏したのは、グラフィック・デザイナーの粟津潔さんの自宅近くの空き地でした。それは当時、作曲家の林光さんが中心になって取り組んだ企画で、ピアノがどんな音を出すかということを収録した教材を作るのに、水に沈めたり、燃やしたりして弾くという極限の状態の音を伝えたい。そこで、誰か演奏者はいないかということで、ぼくのところに話が来たんです。粟津さんがそのときの様子を16ミリのフィルム(※)に収めました。今回、金沢21世紀美術館で開催された「荒野のグラフィズム:粟津潔展」で、まずそのフィルムの上映と同時にピアノを弾くというイベントをやったわけです。その時に、折角なのでそれとは別に「実演」も出来ないかと考えたのが発端です。美術館の人たちや、企画にたずさわっていた粟津さんのご子息のケンさんの奔走で、能登の海岸沿いの志賀町に話をして実現しました。
当日は、500人近くの観客と大勢の取材陣が来ました。後日にはロイター通信まで取材に来て、世界中に発信するという大事になってしまいました。演奏した時間は約5〜6分ですね。火に熱せられて、低音のほうから音が消えていくのは以前演奏したときと同じでした。高音の弦も音が出なくなったので、ピアノから離れて観客と一緒に30分以上燃えるところを見ていました。海岸がしだいに暮れていき、波の音が聞こえ、岬の向こうに夕日が沈んでいく。ピアノは燃え続けている。すると、一瞬その光景が固定されて、額縁の中に収まったひとつの絵画になったような気がしました。自分もその作品の中の登場人物に過ぎないといった感覚で、これはまさにアートだと思える瞬間でした。つまり、自分のやったことは音楽ではなく、アート作品だという確認でしょうか。音楽行為は5分で終わってしまったわけですから。
ピアノを燃やすというと悲しく思われますが、実際には廃棄されるのを待つだけという古いピアノを調律師さんと一緒に探しました。伝説のロック・ギタリスト、ジミー・ヘンドリックスがギターを燃やしたのも、あれは燃やすために用意されたギターらしいですね。今回の企画では、スタッフの人たちは特に大変だったと思います。今どきのご時世ですから、いろいろな注意を払いました。消防は勿論、エコ理論やピアノ虐待と思われることヘの配慮などですね。「ピアノ供養」という調律師さんの意見が取り入れられて、イベント前後にお坊さんが来てお経を上げてくれました。振り返ってみると、35年前に人に頼まれてやった表現がフィルムで残っていたわけですが、それを見て、やはりおもしろい表現のなかに自分はいたのだと思いましたね。世界中で、ただ自分一人しか得られなかった表現を経験できたと思っています。
※ 実験映像作品《ピアノ炎上》(1974年/金沢21世紀美術館蔵)
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