東京のアートシーンをアーティストとともに創り、発信する Tokyo Art Navigation
展覧会・イベント情報 アーティストファイル エッセンス ビジョン スポット
マイページ サイトマップ
Tokyo Art Navigationとは?
TOPICS
TOP
トップ > トーキョー・アートエッセンス
トーキョー・アートエッセンス
No.039 アジアでの成功が、世界での成功につながる ミヅマアートギャラリー外観 撮影:宮島径
語り手:ミヅマアートギャラリー代表 三潴末雄さん
高橋コレクション日比谷で開催中のグループ展「会田誠+天明屋尚+山口晃 誠がいく、尚がいく、晃がいく」に参加している3人の作家は、日本の現代アートシーンを語る上で欠くことのできない存在です。今回は、この3人を輩出したミヅマアートギャラリーの三潴末雄さんをインタビュー。作家はどのように世に出ていくのか? そのステップアップのシステムと、将来を展望するために必要なアートマーケットの仕組みなどについてお話いただきました。

北京のギャラリーでの展示風景「Off the Rails|反主流」Mizuma & One Gallery、北京 2008 撮影:Judy Courtesy Mizuma Art Gallery, Tokyo/Beijing
北京のギャラリーでの展示風景「Off the Rails|反主流」Mizuma & One Gallery、北京 2008 撮影:Judy Courtesy Mizuma Art Gallery, Tokyo/Beijing

ノーマルなステップを踏んで作家を世に出す

 日本も欧米も、作家が世に出る過程は基本的には同じですが、貸しギャラリー制度は欧米では一般的ではありません。ギャラリストが才能ある作家に出会うと、まず自分の画廊でグループ展を組み、次に個展を開催するなどして、その作家を世の中にアピールします。作家は「高い評価を得る=作品が売れる=自立の道が開ける」。ギャラリストは「評判が上がる=作品が売れる=プロフィットが出る」。そういう関係で成り立っていますから、デビュー戦とも言える初個展に作家は全てを賭ける。ギャラリストも、例えばアメリカだったら『The New York Times』に展評が一行でも載るように、徹底的なプロモーション活動をする。この新聞に記事が掲載されると、キュレーターが見に来る、コレクターも先物買いをするといった大きな反響があるので、作家もギャラリストも命がけ。更にギャラリストは作家を広く知らしめるため、インターナショナルなアートフェアにも参加します。

 国際的な美術界には、コレクター、キュレーター、ギャラリー、マーケットなど、様々なネットワークがあります。ギャラリストのネットワークに乗ると、アメリカでの個展がロンドンでの展覧会に結びついたり、キュレーターのネットワークに乗ると、別の国際展に推薦されたり、美術館でのグループショーの招聘につながる場合がある。作家は、このような段取りを経て徐々にステップを踏んで世に出ていくのがノーマルで、なかばシステム化された流れもできています。目指すところとしては、国際展であればヴェネツィア・ビエンナーレなどでしょうし、グループショーあるいは最高の個展の場として、ニューヨーク近代美術館、グッゲンハイム美術館、パリのポンピドゥー・センター、ロンドンのテート・モダンなどがあるでしょう。有名なミュージアムコレクションやプライベートコレクションに所蔵されることも作家の評価につながり、当然価格もステップアップします。この流れはプライマリーマーケットの話です。

 次にセカンダリーマーケットの話をします。80年代までのオークション(セカンダリーマーケットの中心)は、完全にエスタブリッシュされた作家でなければ取り上げていなかったんですが、いつまでもピカソだ印象派だと言っていられなくなった。値段が高いし、めったに市場に出てこないですからね。そこで現代にも目を向け、最初はトップクラスの作家しか扱わなかったんだけど、だんだん若い作家たちにも首を突っ込むようになってきたんです。手数料稼ぎの企業ですからね。これは必ずしもいい現象ではなく、むしろ危険な傾向です。というのは、プライマリーマーケットの価格が壊されることがあるからです。ギャラリーが値段をキープしているのに、作品を購入した人が勝手にオークションで売却することが起きます。作品が高く売れればいいが、安く落札されるとプライマリーの値段の方が高く感じられ、売れなくなってしまうことも起こるのです。もちろんその逆もあって、諸刃の剣なんですね。だから無名の若い作家がいきなり高く売れるのは、一概にいいとは言えません。今のところ欧米ではオークションではなくて、ギャラリーとプライマリーマーケットが連動し、ノーマルな取引が行われています。しかしながらアジアでは、オークション主導型のゆがんだマーケットが形成され危ういのです。


天明屋尚 Japanese Spirit 十四号機 2002 アクリル絵具、金箔、木 128.0×185.4cm (c) TENMYOUYA HISASHI
天明屋尚 Japanese Spirit 十四号機 2002 アクリル絵具、金箔、木 128.0×185.4cm (c) TENMYOUYA HISASHI

ドメスティックマーケットの限界と海外進出

 では、我々ファーイーストの日本はどうなのか。日本には「日本画・洋画」と「現代アート」、ふたつのマーケットが存在します。「日本画・洋画」は東京美術倶楽部を通した交換会制度が定着していて、画商が作家から購入した作品をいわゆる交換会で売買する。そこから、仕入れた画商が自分の画廊やデパートで売って、どんどん値段を上げていくんです。作家から出る値段、交換会で取引される値段、更に一般に販売される値段、全て違います。それは、各段階で何割増しという利益が付加されているからなんですね。そもそも交換会まではプロしか立ち会えないクローズドマーケットなので、素人が価格設定の流れを知ることはできません。ただ、美術市場には「号(サイズ)いくら」という設定もあって、日本藝術院の会員になり、院展の会員になり、最終的に文化勲章をとると値段がドーンとはね上がるというような制度が確立されています。当然みんなが買うような人気作家は、プライマリーギャラリーでの価格も高く設定する。まさにビジネスの道具として、作品が売買されるんです。しかし、このようなドメスティックマーケットは世界に全く通じていないので、例えば日本画の大家の作品に3億円がつけられた時、日本人は納得するけれど、欧米の人々は「何で?」となる。明治時代から続いてきた制度も、最近の国際化、情報化の現代には通用しなくなっています。

 では、現代アートマーケットはどのように形成されていったのでしょうか。いわゆる箱物行政で、60年代くらいから各県に美術館がどんどんつくられました。潤沢な建設予算の割には、コレクション予算は少なかったのですが、美術館にコレクションされることが、ある種のステータスになっていました。もし現代アーティスト双六なんてものがあったとしたら、最初に貸しギャラリーで個展をやって、コマーシャルギャラリーで企画展をやってもらって、それから美術館グループショー、コレクション、最後に個展開催。つまり双六の上がりは美術館だったので、みんなそこを目指す。そんな時期がありました。美術館建設という公共工事にゼネコンが群がったように、当時の銀座を中心としたギャラリーは美術館コレクションの予算に群がり、「某先生の作品が美術館にコレクションされた」と言って、高い値段で売っていたんです。ところが2000年代以降、こういったドメスティックなマーケットで70、80年代に取引された作品がオークションに出てきても、ほとんど値がつかなくなってしまいました。コレクターは作品を売ることができないし、作家は買ってもらうことができない現象が起きています。日本がこういった国内美術館のコレクション予算を中心とする疑似マーケットを失った90年代以降、我々のような現代アートのギャラリーが出てきたのです。とにかく我々が意識したのは、内ではなく外。何しろ国内では作品が殆ど売れなかったので、作家を世界に知らしめる。海外でマーケットを開拓する。そのために、国際的なアートフェアにどんどん出はじめたわけです。このようにして2000年代に入ると、若い画廊も海外のフェアに積極的に進出するようになりました。


鴻池朋子 展示風景 「惑星はしばらく雪に覆われる」 ミヅマアートギャラリー 2006 撮影:中道淳 (Nacasa & Partners) (c)KONOIKE Tomoko
鴻池朋子 展示風景 「惑星はしばらく雪に覆われる」 ミヅマアートギャラリー 2006 撮影:中道淳 (Nacasa & Partners) (c)KONOIKE Tomoko

世界やアジアの動き、マーケットの仕組みを知る

 これまでアートマーケットは欧米が中心でしたが、2000年代からはアジア経済の発展とともに、アジア各地で新たなマーケットの形成がはじまり、ビエンナーレなどの国際展が生まれました。クリスティーズやサザビーズが香港ではじめたアジアンオークション、中国、東南アジア、インドのマーケットはどんどん力をつけ、2008年9月のリーマン・ショックまでオークションハウスの力は非常に高まりました。オークションハウスのメンバーたちは作家探しのため、日本の貸しギャラリーにまで足を運び、無名の作家でもオークションに出し、それを日本人が購入するといった逆輸入の構造まで生まれました。セカンダリーマーケットで値段を出した後にプライマリーマーケットで高額で売るといった、とても健全とは言えない現象も起きました。最近はようやくアジアマーケットも落ち着きつつありますが、アートバブルの後退と質のいいプライマリーギャラリーが登場してきたからでしょうか。台湾や韓国、日本のギャラリーなどでは、お互いの作家を交換して展覧会を開催したり、同時にアジアや欧米のキュレーターにも紹介していくという活動もしています。

 2010年4月に「アジア・アート・アワード(AAA)」と呼ばれる40歳以下のアジアの若い作家を顕彰する制度が韓国で誕生しました。欧米でいうところのターナー賞やヒューゴ・ボス賞のような制度が、ようやくアジアの中にできつつあるんです。残念ながら、日本はこの賞の創設ではイニシアチブをとっていません。1952年、アジア初の東京ビエンナーレをはじめたのは日本でしたが、現在の文化発信力は非常に弱い。国の支援力が違うということも挙げられます。AAAを主催する韓国では、プライマリーギャラリーの作家が国際展に参加する場合、運送費が支援されるんです。世界に発信する文化・スポーツに対して凄く強い意識をもっていて、国が応援しています。香港にも大規模な総合美術館の建設が進んでいて、将来はアジアの文化的なハブになる計画です。韓国、上海、台北、シンガポールにもビエンナーレがあって、大規模な国際展が開催されています。このように現在のアジアにはアートフェア、ビエンナーレなどの国際展や、各国が美術館建設を促進中で、欧米に次ぐ第三極のアートの潮流が起きています。

 マーケットのないところに作家は育ちません。一番いい例が、日本の貸しギャラリーという特殊な制度。貸し画廊は、釣り堀なんですよ。作家はアルバイトで稼いだお金でスペースを借りて、「いつか誰かに見染められたい」と釣られるのを待っている。しかし、その釣り堀は大海につながっていない。仮に作品が売れたところで、何も変わらないんです。重要なのは、プライマリーのギャラリーが世界につながっているということです。例えばうちの作家には、アジアの中に作品があることが重要だと言っている者もいます。タイ人のアーティスト、アピチャッポン・ウィーラセタクンは、先ほどのAAA賞をとった作家(第63回カンヌ国際映画祭パルムドールも受賞)ですが、これをきっかけにヴェネツィア・ビエンナーレにいくかもしれない。もう、アジアの成功が世界の成功なんですよ。第3回目の開催となった香港のアートフェア「ART HK 10」は、アジア一のインターナショナルで、レベルの高いものに育ちました。ロンドンのホワイトキューブ、パリのエマニュエル・ペロタン・ギャラリーなど、一流の画廊もどんどん参加している。大きなうねりの生まれる場所がアジアにできたわけです。日本の作家もギャラリーもまずこの状況を知らなければ、将来の展望なんてできないでしょうね。いつまでも欧米ばかりを見ていると時代を見誤りますよ。

 デビューは、もう日本でなくてもいいんです。台湾や韓国の画廊でデビューしたっていいんですよ。要するに発想を変えろということです。ロンドンのゴールドスミスを出て、ウエスタンスタイルで現代アートシーンを駆け上がっていくのではなく、アジアを意識して北京の中央美術学院や韓国の弘益大学で学んだっていい。ギャラリストも、世界のダイナミックな動き、アジアの動き、マーケットの仕組みがわかってはじめて、作家の展望が見えるわけです。それがなければ、ちょっと面白そうな作家を見つけて、展覧会をやっておしまいですよ。うちは釣り堀ではないので、四六時中世界に向けてプロモーション活動をしています。午前中にデュッセルドルフのクンストハレのキュレーターが来たと思ったら、午後にフランスの国営放送、夜は香港のコレクターが来るようになり、ようやく世界の美術界とつながり出しました。97年の会田誠の展覧会だったかな。某美術雑誌にレビューを載せてくれってお願いしたら断られた(笑)。そして30万円の作品が1点しか売れない時代もありました。作家もギャラリーも苦しい時代を経て、ようやくここにたどり着いたのです。一歩一歩階段を昇ってきたのです。


Information

筒井伸輔 ロウ、オイルパステル、キャンバス、パネル 134.3×84.2cm 撮影:宮島径 (c) TSUTSUI Shinsuke

熊澤未来子 侵食 2009 パネル、ジェッソ、鉛筆 227.3×324.0cm 撮影:宮島径 (c) KUMAZAWA Mikiko

丸田斎 世界平和(部分) 2009 紙、ロットリングペン、アクリル絵具 116.8×1000cm 撮影:宮島径 (c) MARUTA Sai

(左)筒井伸輔 ロウ、オイルパステル、キャンバス、パネル 134.3×84.2cm 撮影:宮島径 (c) TSUTSUI Shinsuke
(中)熊澤未来子 侵食 2009 パネル、ジェッソ、鉛筆 227.3×324.0cm 撮影:宮島径 (c) KUMAZAWA Mikiko
(右)丸田斎 世界平和(部分) 2009 紙、ロットリングペン、アクリル絵具 116.8×1000cm 撮影:宮島径 (c) MARUTA Sai

■Mizuma Art Gallery
・筒井伸輔展
抽象化された昆虫の屍骸をモチーフに、蜜蝋で彩色を施したキャンバス作品を紹介

会期:6月12日(土)〜7月17日(土)

時間:11:00〜19:00

休館:日曜・月曜・祝日

会場: 新宿区市谷田町3-13 神楽ビル2F
交通: 有楽町線、南北線、市ヶ谷駅出口5より徒歩5分
JR飯田橋駅西口、東西線、有楽町線、南北線、飯田橋駅出口B2aより徒歩8分

■Mizuma Action
・熊澤未来子展
新作を中心に、鉛筆による緻密で正確な描写で埋め尽くされた絵画を多数展示

会期:6月2日(水)〜7月3日(土)

・丸田斎展「平和と波動」(ミヅマ・アクション2F)
平和への祈りを込め、1日10時間1年かけて制作した10メートルの大作を公開

会期:7月14日(水)〜8月14日(土)

・ロバート・ウォーターズ展「MAN」(ミヅマ・アクション5F)
様々な媒体を用い、現代社会における男性像の矛盾を追及した作家のアジアでの初個展

会期:7月14日(水)〜8月14日(土)

時間:11:00〜19:00

休館:日曜・月曜・祝日

会場: 目黒区上目黒1-3-9 藤屋ビル2F
交通: 中目黒駅より徒歩3分、代官山駅より徒歩6分、恵比寿駅より徒歩12分

http://mizuma-art.co.jp/

Courtesy Mizuma Art Gallery

次回は…
引き続き、ミヅマアートギャラリーの三潴末雄さんに作家の発掘方法などをお聞きします。[7月22日(木)アップ予定]
三潴末雄(みづますえお) 三潴末雄(みづますえお)

東京生まれ。成城大学文芸学科卒業。1980年代からギャラリーでの活動をはじめ、1989年、西麻布に最初の画廊をオープン。1994年、青山でミヅマアートギャラリーを創設し、2002年、ギャラリーを中目黒に移転。2008年、北京にMizuma & One Galleryを開廊。2009年より現在の市谷田町を活動の拠点とする。中目黒のスペースは、主に若手作家を紹介するミヅマ・アクションとして企画展を開催している。1990年代から、青山エリアでアートイベント「MORPHE」を主催するなど、美術展のプロデュースに携わる。TV番組『たけしの誰でもピカソ』のアートバトルコーナーでは審査委員を務めた。2000年以降は、海外のアートフェアにも積極的に参加し、近年ではアジアでの活動も展開している。主な作家に、会田誠、O JUN、鴻池朋子、天明屋尚、山口晃など多数。
http://mizuma-art.co.jp/

撮影:松蔭浩之
創作活動サポート
メンバー登録
東京のアートシーンを共に創造するメンバーを募集しています!
アーティストの方はこちら
あなたの作品や活動をTokyoから世界に向けて発信してみませんか?
サポーターの方はこちら
創作活動をサポートするギャラリーや稽古場の登録、展覧会やイベントを投稿できます。
メールマガジン登録申し込み
デジタルミュージアム
東京・ミュージアム ぐるっとパス2007
詳しくはこちら