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インタビュー
No.009
漫画は読む人の中にある
語り手:漫画家 五十嵐大介さん
高い画力のもと、自然やそこに潜む不思議な存在を描く漫画家の五十嵐大介さん。岩手県衣川村での3年間の自給自足の生活をもとに描いた『リトル・フォレスト』で注目され、『魔女』『海獣の子供』などで幅広い支持を集めています。今回は、初の長編『海獣の子供』の連載を終えた五十嵐さんに、どのように漫画を描いているのか、これまでの作品の制作経緯などについてお聞きしました。
『海獣の子供』(小学館)

散歩の中で考えたことを、漫画という表現手段で

『はなしっぱなし』(河出書房新社)より
『はなしっぱなし』(河出書房新社)より

 将来について考える時間がほしいなと思ったりして美大に入学し、学生時代は最低限の課題だけやって授業にはほとんど出ず、途中下車して周りの森や駅の周辺をぶらぶら歩いたりしていました。学校であまり学ばなかったことはもったいなかったとも思いますが、散歩をしていたときに考えていたことが後の連載につながったので、結果的にはよかったのかもしれません。在学中は、油画、アクリル画を描いていて、卒業後に漫画の世界に足を踏み入れました。漫画は、一枚の絵では表し切れない動きや変化が描けるし、言葉との相乗効果で、自分が表現したいことに合っているんじゃないかと。

 ただ、僕の描くものには、漫画という体裁に重要なものが欠けている気がして、今でも大手を振って漫画家と言っていいのかなと時折思います。漫画はキャラクターが大事ですが、僕は人間の内面を掘り下げることへの興味より、むしろ人間じゃないものを描きたいという気持ちが強くて。初めての連載『はなしっぱなし』も、不思議な風景やできごとを描くのが主で、人間は「たまたまそれを見た」というくらいのスタンス。僕はそれが面白いと思っていて、「人間もものも自然もみな等価でいい」と言ってくれるような人が、漫画を読んでくれているのかなと思います。


岩手県に移住し、自給自足の暮らしへ

『リトル・フォレスト』(講談社)より
『リトル・フォレスト』(講談社)より

 連載を終えて仕事が少なかった頃、北の街に住んでみたくて、岩手県盛岡市に引っ越しました。その後も時間があまりにたくさんあったので、自給自足の生活をしてみようかと、さらに衣川村(現奥州市)に移り住みました。僕は街育ちだったので、なんでも自分でつくり、一人でやっていける人に憧れがあったんですね。なにしろナマケ者なので、やらざるを得ない状況に自分を追い込もうと。衣川は、バイオマスや間伐材の利用など、エネルギーの自給自足という最先端の試みをしていて、面白そうだったんです。始め、その生活を漫画にする気はありませんでした。あくまでも自分自身のためだったので。でも結局『リトル・フォレスト』という形になっていったのは、自分が思っていた以上に漫画を描くことが好きだったのかもしれません。

 日中は農作業をして、漫画は夜に描くのですが、描き始めると集中しちゃうので3時過ぎまで漫画を描いて、近所の人は朝が早くて7時前には一仕事終えて顔を出してくれたりするので、それに合わせて起きたり。免許がないので、マウンテンバイクで買い出しに行くのも1日がかり。野菜と米は自分でつくっていたのですが、土地の人は慣れていてたくさんのことをいっぺんに効率的にできるのに、僕はできるだけ手を抜いたやり方でも時間がかかります。近所に絵を描くことが得意な子がいたので、締切ギリギリのときには背景を塗ってもらうとか漫画を手伝ってもらったのですが、ほとんど一人でやっていましたね。岩手で実際に体験した自然のこと、つくった料理のこと、伝統芸能を間近で見ることで民俗学的な興味も持ちました。オカルトっぽいことに以前から興味があったのですが、山の中に住んでいて感じた不思議なことや考えたことが、その後の『魔女』にもつながっています。


世の中やものをどう見るかが、個性になる

『魔女』(小学館)より
『魔女』(小学館)より

 漫画は、最初にビジュアルで核となるイメージがあって、そこにいくつかの場面がつながっていく。それで、ネームを切りながらストーリーを固めていきます。言葉遊びやだじゃれ、落描きなどから始まることも多いですね。場面転換の妙には力を入れますが、見開きはその場で急遽考えることも多いです。最初に描きたいと思うのは、あまり本筋に関係ない細かいところで、例えば『魔女』では、冒頭の織物を織っているシーンとか、トルコ料理の本を見ていて料理のシーンを描きたいなとか。『海獣の子供』では、海の生き物を描きたい気持ちが高まり、ジュゴンが人間の赤ちゃんを抱えているイメージがふくらみました。沖縄で見た海や船内の感じをもとに、幻想シーンでも、全体の雰囲気や空気感は記憶を頼りに、細部は写真を見て描いています。主人公を少女にするのは、かわいい女の子がいないと読んでもらえないんじゃないかと思って。自分も描く時に思い入れをもちやすいですし。最近は、男の子も一生懸命描いていますけどね(笑)。

(c)五十嵐大介/小学館
(c)五十嵐大介/小学館

 普段から、風の強い日に歩くことや、どんどん景色が動いて変わっていく海なんかを見るのが好きですね。僕の漫画がそういう感覚を伝える「窓」みたいだと面白いなと。きれいな景色に出会ったときには、いくらその景色を描いても本物には勝てないですし、自分はちっぽけだなと思います。ですから、そこで受けた気持ちなどを漫画という形に翻訳して、読んだ人の中で化学変化が起きて何かが生まれればいいですね。物語は漫画の中にあるんじゃなくて、漫画を読んで、何かに気づいたり感じたりする読む人の中にあると思います。読む人の体験が漫画に映し出されていくものだから、物語は読んだ人それぞれのものだと思うんです。漫画はフィクションですから、あまり調べずに描きたいんです。海の中のことも未知のことだらけで、今、事実と言われていることも後からいくらでもひっくり返るでしょうし。でも想像や感覚で描いたことが、案外、未来にわかることに近いんじゃないかという気持ちもあります。

 漫画家は続けていくことが大変で、運とかタイミングに作用されることが大きいと思いますが、その人が世の中やものをどう見ているかが個性になるので、「見ること」が大切だと思います。漫画を描くことが本当に好きな人は、それが漫画から伝わってくるし、そういう漫画はやっぱり面白いんですよね。


インタビュー・文/白坂ゆり

五十嵐大介(いがらしだいすけ)

五十嵐大介(いがらしだいすけ)
自画像

漫画家。1969年、埼玉県生まれ。多摩美術大学絵画学科卒業。1993年、『お囃子が聞こえる日』で『月刊アフタヌーン』(講談社)冬の四季大賞を受賞し、デビュー。2004年、『魔女』1〜2集(小学館)で第8回文化庁メディア芸術祭漫画部門優秀賞受賞。2009年、『海獣の子供』で第38回日本漫画家協会賞優秀賞、第13回文化庁メディア芸術祭漫画部門優秀賞受賞。そのほかの著作に『はなしっぱなし』上下巻(河出書房新社)『リトル・フォレスト』全2巻(講談社)、『そらとびタマシイ』(講談社)、『カボチャの冒険』(竹書房)、伊坂幸太郎の小説との競作プロジェクト『SARU』上下巻(小学館)。主な装画に、樋口直哉著『星空の下のひなた。』(光文社)、木地雅映子著『悦楽の園』上下巻(ポプラ文庫)、池上永一著『トロイメライ 唄う都は雨のち晴れ』(角川書店)。横沢彰著『スウィング!』(童心社)では、装画と挿絵を手がけた。『海獣の子供』完結第5集は初の画集とともに2012年夏に発刊予定。
http://d.hatena.ne.jp/iga-ren/

 
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