一度やったことは上手に行く、その経験知を生かして

「鈴木オートの人々」
(c)2007『ALWAYS 続・三丁目の夕日』制作委員会
どうしたら質の良いものをつくることができるのか、ということについて考えると、映画づくりにコンピュータの技術が導入されて、トライ&エラーの実験をたくさんできるようになったことが、非常に重要だと思います。私は、プレビズ(PREVISUALIZATION)を非常に重視しています。プレビズは、コンピュータの中でセットを構築して、そこにキャラクターも並べて、そこで1回映画を撮ることです。カメラワークはラフですが、難しいカットなどは何回もそこでやってみます。それをやることによって、これはお金をかける価値があるとか、こんなに大変なことしても大したことないとかがわかってくるのです。シナリオを練ることも同じですが、取りかかりの段階で一生懸命やっておくと、すごくコストパフォーマンスがいいのです。同じお金を使うにしても、現場に行って失敗するよりは、思っていたことがうまくいくかどうかをラフの段階でやっておきたいと考えています。
私には「一度やったことは上手にいく」という経験知があって、コンピュータの中で一度映画をつくることにしています。みんなには「体験ツアー」と言っていますが、そこで、撮影や美術、さまざまなことをシュミレーションしておくと、だいたいのことは初めてやるより上手くいきます。ただ一つ問題なのは、新鮮味がなくなってしまうことです。新鮮さによって得られるエネルギーもすごくあるので、その部分を欠かすことはできません。いかに新鮮なままで体験ツアーをするかということについては、実際の舞台装置でやらずにヴァーチャルでやるのがすごく効果的です。ヴァーチャルで周到に準備した上で実際の役者さんが演じると、本当にリアルで新鮮で素晴らしいと感じることができます。「やっぱ実物はすごい!」とみんなで感動しています。
機材の発注からロケ地の選定まで、プレビズをやってきちんと実験を重ねておくと、実際の現場でスタッフが不安を感じる部分に対しても、自信を持って大丈夫と言えます。基本的には監督がOKを出せば良いのですが、逆に私がどうしても主張したいことがあるときにも、きちんとみんなが腑に落ちる説明をすることができます。そういう信頼関係を築くことが大切だと思います。わがままを言っているのか本質的な狙いなのか、一緒に仕事をする人たちにわかってもらえる仕事のループをつくっていきたいですね。
プレビズは絵画でいうエスキースです。エスキースが、時間軸の上でできるようになったと思ってもらえればいいと思います。その意味では今、東京都現代美術館で開催している「スタジオジブリ・レイアウト展」(※)には興味がありますね。実際にできあがった映像を見るより、途中の線でできているもののほうが燃えます。先日、雑誌の「ブルータス」で漫画家の井上雅彦さんの特集をやっていましたが、その中で、美術史家の山下裕二さんが、“筆ネイティブ”という言葉を紹介していました。筆ネイティブというのは、物心ついたときから筆を握り、筆で描くことが血肉化している人を意味するそうです。井上さんは、筆で絵を描いていて、山下さんが言う長谷川等伯や円山応挙などの筆ネイティブに迫る画力を持っていると評されていました。それで、「俺も筆ネイティブになりたい!」と思ってあわててタクシーで筆を買いに行きました。今、次回作で時代劇に取り組んでいますが、筆で映画のスケッチなんかも描いていこうと思います。乞うご期待といったところでしょうか。
※「高畑・宮崎アニメの秘密がわかる。スタジオジブリ・レイアウト展」
9月28日(日)まで開催中。入場は日時指定の予約制。詳細は下記よりご確認ください。
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