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2010年11月11日
「溶解」「移行」をイメージさせる展示空間
 パトリシア・ピッチニーニ 《サンドマン》 2002 Courtesy the Artist and Haunch of Venison, New York
展示空間を少しご案内しましょう。展示は3階から始まります。最初に目にするのは、バイオテクノロジーなどに関心をもつオーストラリアのパトリシア・ピッチニーニの作品です。オーストラリアには、生態系が閉じられているために独自の発達を遂げた動物がたくさんいます。そのため、彼女自身にも奇妙な生物も受け入れていく感覚があるのです。映像作品《サンドマン》では、海におぼれかけている少女が「もうダメ」とばかりに沈んでいくときに、エラのような切れ込みが発生して浮上する様子が描かれています。この切れ込みは、「サンドマン」というクルマの排気孔のデザインと同じ形でもあり、思春期の変化が「進化と変身」というテーマで描かれています。
その後、録音した作家自身の声や鳥の鳴き声などを、動物と人間、生物と無生物、ジェンダーといった境界を超えて変容させた、及川潤耶の音のインスタレーションのように、「移行」をテーマとした作品が続きます。
 ジャガンナート・パンダ 《叙事詩(エピック)III》 2010 Courtesy NATURE MORTE, New Delhi
インド、日本、ロンドンで美術を学んだジャガンナート・パンダは、都市と自然の対立をテーマに絵画や彫刻などを制作している作家で、ヒンドゥー教の神々の部分には布を貼り付けた表現が見られます。《失われた場所》では、折れた枝とクラッシュしたクルマが描かれていますが、彼には、破砕したクルマが道路で死んでいる動物に見えると言うんですね。《叙事詩(エピック)》に描かれた虎の眉間でヒンドゥー教の神々が戦っている姿は、自然を破壊する乱開発を表しています。高層ビルや鳥がクラッシュしてひとつになる《叙事詩(エピック)III》は、都市が変わっていくことに対するウィットネス(証言)であり、有機的な統合体ができていく、ひとつのエネルギー体や生命体が生まれているという見方が含まれています。インドの人がこのようなヴィジョンでグローバリゼーションを見ていて、なおかつ伝統的で個人的なものが投射されていることが面白いなと思います。
 シャジア・シカンダー 《SpiNN》 2003
パキスタンのシャジア・シカンダーは、伝統的なミニアチュール(細密画)の技法を用いたアニメーション、絵画やドローイング、大規模なインスタレーションを展開しています。彼女の作品では、アラビア文字が解体され、動物や武器、人間などあらゆるものと溶け合い、シニフィアン(意味しているもの、記号)とシニフィエ(意味されているもの、イメージ)を転換しています。私たちが使う漢字も表意的ですから感覚的にわかると思いますが、文字のあり方そのものも、それによってつくられるヴィジョンも変容しています。彼女は、人間に「善」を求めながらも反面のダークサイドも強烈に表していて、宮廷を描いたアニメーション《SpinNN》では、人物の黒髪が突然回転しながら増殖し、黒い鳥に覆われるような暗雲立ちこめる描写が見られます。3階では、このようなシカンダーの細密画とマシュー・バーニーの彫刻が溶け合うような世界を試みています。
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サイボーグとジェンダーの新しい関係

スプツニ子! 《生理マシーン、タカシの場合》 2010 Photo by Rai Royal

イ・ブル 《クラッシュ》 2000 Collection of Amorepacific Museum of Art Courtesy PKM Gallery | Bartleby Bickle & Meursault Photo by Rhee Jae-yong
1階は、AES+F、ビョークが怪物に扮して登場するガブリエラ・フリドリクスドッティの作品など映像が中心です。YouTubeやTwitterでMTV形式の作品が話題となったスプツニ子!は、美術館では初の出品となります。彼女は、ダナ・ハラウェイが提唱する「サイボーグ・フェミニズム」にも関心をもっていて、ジェンダーを問い直すアプローチも新しい。女装願望のある男の子が生理を疑似体験する《生理マシーン、タカシの場合。》や、美少女アンドロイドが男性のファンタジーを打ち砕く《寿司ボーグ☆ユカリ》などに登場するデバイスも設計していて、今回は映像と一緒に展示されています。《寿司ボーグ☆ユカリ》は何から発想したのか聞いたら、「女体盛りです」と言われて(笑)。彼女がなぜ自分を改造したり変身したりするのか、まだ大学院を卒業したばかりの若い作家をマシュー・バーニーと合わせていきなり見せてしまいます。グループショーの面白さはアーティスト同士の響き合いにあって、ユーモアあり、シリアスあり、いろいろな要素が楽しめます。
ダナ・ハラウェイは「もうひとつの進化の道が人間にあるとすれば、人間と機械が合体したサイバネティクス、サイボーグが通る道にある」といったことを著していて、韓国の作家、イ・ブルの作品とも重なります。筋肉や皮膚をはぎ取り、血管やニューロンだけを線だけで描写したような《クラッシュ》は、女性がエネルギーやエクスタシーが充満して、センサーのように外に神経だけが全面に張り巡らされているような、ニューロンだけになるような感覚が表れていますよね。日本のアニメーション映画『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』にも影響を受けていて、彼女の作品は、西洋彫刻の人間の肉体や人間性の表象とは異なり、シェル(殻)を表している。変異というより脱皮に近く、オルタナティブな人間の進化のありかたを思考しているのです。
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他者の身になること、変わること
 サイモン・バーチ 《ソゴモン・テフリリアン》 2008
見ているだけではつまらないでしょうから、観客の方々に参加してもらう展示もあります。アトリウムでは、バールティ・ケールやイ・ブルの彫刻を四天王のように置いていますが、壁に鏡を張り、その関係のなかに自分がいる姿が見えるようになっています。サイモン・バーチの映像インスタレーションは、私たち人間が檻に入り、その周りを虎が巡っているような、人間と動物の視点の交換が行われます。
いろいろな国のいろいろなアプローチがあります。アジアの作家も、エキゾチシズムではなく、西洋型の構造を脱構築する方法論が認められてきていると思います。アーティストがいまなぜ「トランスフォーメーション」を提案しなければならないのか、「変わる」とはどういうことなのか。みな具象なので、実体としていかにリアライズされているか理屈抜きで見て楽しんでいただき、後でテキストを読まれてもいいでしょう。シュルレアリスム的な展開も楽しめます。アートは現実を説明するものではないので、想像力の領域から生きることについて考えていくことはとても面白いことだと思いますよ。
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Information
■東京アートミーティング トランスフォーメーション[中沢新一・長谷川祐子共同企画] 会期/10月29日(金)〜1月30日(日) 時間/10:00〜18:00(入場は閉館の30分前まで) 休館/月曜日(ただし1月3日、1月10日は開館)、12月29日(水)〜1月1日(土)、1月11日(火) 会場/東京都現代美術館 企画展示室1F、3F、アトリウム 料金/一般1300円、大学・専門学校生・65歳以上1000円、中学・高校生650円
■関連イベント
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マーカス・コーツのパフォーマンス+中沢新一との対談 日時/12月17日(金)19:00〜20:30 |
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サウンド・パフォーマンス 山川冬樹/及川潤耶 日時/12月18日(土)15:00〜 |
※共に東京都現代美術館講堂(地下2F)で開催。先着200名。要展覧会チケット。詳細は公式ホームページよりご確認ください。 http://www.mot-art-museum.jp/
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