アノニマスな立場で、制作過程から撮る
 「ゲルダ・シュタイナー&ヨルク・レンツリンガー―力が生まれるところ」(2012年、水戸芸術館)展示風景 Gerda Steiner & Jorg Lenzlinger
――美術の分野では、具体的には何を対象にどのような撮影がありますか?
作品写真、展示風景、制作風景などの撮影があります。それらが、チラシやポスター、参考図版などに使う広報用なのか、図録用なのか、学術的な記録用なのかで若干撮り方が変わってきます。
広報用や図録用には、最近は特に見る人を惹きつけるような写真が求められますね。時には象徴的な部分だけをクローズアップしたり、ピントをぼかしたり……。対照的に、学術的な記録写真では、例えば何十年か後に展覧会を再現する際や、その作家の系譜として展覧会を網羅的に比較検討する際に資料となるような、ニュートラルな視点のものが求められます。展覧会の撮影をする時は、なるべく客観的な視点で端から端まで撮るような気持ちで撮影しています。ある意味、使命感のようなものに突き動かされているところもあります。
――そのような思いを抱くようになったきっかけは何でしょうか?
2003年のヴェネツィア・ビエンナーレのアルセナーレ会場でタイの作家、リクリット・ティーラワニットが「ユートピア・ステーション」という展覧会を、批評家のハンス・ウルリッヒ・オブリスト、モリー・ネスビットと共同キュレーションしました。現場ではあまり誰もチェックして撮っていなかったようで、結果的に僕が撮ったスナップ的な写真が複数の媒体で使われることになりました。それでどんな時でも気を抜かず、しっかり撮らなきゃと思うようになりました。
――美術撮影で心がけていることはありますか?
カメラマンの個性が作品より前に出てしまわないよう、アノニマス(匿名的)な写真を心がけています。例えば工芸作品の写真には、撮影の「型」とも言うべきスタイルが何となくあります。そのおかげで作品そのものをニュートラルに捉えることができたり、時代が異なるものを並列に比較検討したりすることができる。あるいは、写真家のヴォルフガング・ティルマンスの写真集『Lighter』は、各国のカメラマンによって撮影された彼の展覧会の展示風景を並列的に収録した本なんですが、やはり撮影者の気配はどこにもなくて、ただただ展示空間だけが浮き彫りにされています。
 エルネスト・ネト《私たちのいる神殿のはじめの場所、小さな女神から、世界そして生命が芽吹く》2006年 「ガーデンズ展」(2006年、豊田市美術館)展示風景
――美術撮影をしていてよかったと思うことはありますか?
作家とかかわりながら、仕事ができることですね。制作風景から撮っていると作品のコンセプトの奥深くまで感じることができます。今春、水戸芸術館で行われた「ゲルダ・シュタイナー&ヨルク・レンツリンガー―力が生まれるところ」では、素材集めから撮っていたのですが、彼らは現場にあるものやその土地で入手できるものを使って制作し、展覧会が終われば、それをまた別の展覧会でも使っていきます。金沢で展示した一部を水戸へ、水戸で展示した一部を新潟へと循環させていく。それは彼らのライフスタイルにもつながっているし「生と死」「輪廻転生」といったことも感じさせますが、言葉で説明されなくても深く伝わってきます。制作の記録は写真集や図録に載るわけではないのですが、その場にいると撮影せずにはいられないのです。
――そこまで深くかかわると、作品の撮り方も変わりそうですね。
デザインや広告の仕事では、ライティングでものをよりよく見えるようにして撮りますが、美術では作品から発せられる光を長時間露光でつかまえるような気持ちで撮っています。もちろん美術作品でもライティングはするんですけどね(笑)。
 「トーマス・デマンド展」(2012年、東京都現代美術館)展示風景
 イェッペ・ハイン《光のパビリオン》2009年 「イェッペ・ハイン 360°」(2011年、金沢21世紀美術館)展示風景 Courtesy Johann König, Berlin, 303 Gallery, New York and SCAI The Bathhouse, Tokyo
――今後の美術撮影は、どうなると考えていますか?
僕が4×5インチのポジフィルムで撮影していたころは、展示風景で1日最高30カットくらいしか撮影できませんでした。今だったら、デジタルで2時間もあれば十分100カットくらい撮れます。撮影解像度もデータの容量も増え、それに伴いハードディスクも大きくなり、PCの処理速度も上がって、これからは量の時代になるのではないでしょうか。広報的、学術的を問わず、主観的、客観的を問わず、全体、ディティールを問わず、膨大な量を撮影し、あらゆる条件に特化した写真集や学術的な記録などさまざまな用途に対応可能というのがスタンダードになるんではないでしょうか。
――カメラマンになって、美術撮影を専門としたい方にアドバイスをお願いします。
現代美術ではさまざまな素材が使われるので、商品(物)の撮り方を学んでおくことは有効だと思います。また、身近で美術に真摯に取り組んでいる作家を追いかけて、制作過程や作品を撮ったり、アートに対する姿勢から学んだりするのもいいのではないでしょうか。
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